03 65 特集 - nippon telegraph and telephone

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NTT技術ジャーナル 2015.3 55 防災・危機管理のNTTグループ連携ソリューション 防災対策の現状 東日本大震災後,台風による豪雨災 害,首都直下地震 ・ 南海トラフ巨大地 震への不安拡大等の背景を受け,行 政 ・ 企業 ・ 個人が一体となった防災 ・ 減災対策への取り組みが必要となって います.これまでは防災といった施設 整備を中心としたハード防災が主体で したが,東日本大震災にみられるよう に想定していた被害規模を超えてしま うと防災対策だけでは防ぎきれないこ ともあります.したがって,減災といっ た実際に危機事象が発生した後に応急 対応を迅速にし,効果的な復旧 ・ 復興 を行うためのソフト防災が重要となっ てきており,ICTシステムの担う役割 が大きくなっています. これまで日本で普及してきた防災情 報システムの多くは専用端末にて各拠 点からの報告を危機管理室に集約する 一方通行のシステムであり,ユーザか らの多大な要望に沿った独自のシステ ムとなっていて標準化は進んでいませ んでした.また,基本的に情報集約し て地図上に表示し情報共有するところ までが対象となっていました.した がって,その先のコマンド(指揮 ・ 命 令)や活動状況といった活動ログにつ いてはいまだにホワイトボードで管理 されていてICTシステムが活用されて いないという状況でした. 一方,米国では危機対応の標準規 格(ICS/NIMS) が 整 備 さ れ,ICT システムの活用が一般的となってい ます (1) .日本の危機対応は自治体や機 関ごとにバラバラに行われてきまし たが,東日本大震災以降は近隣や広 域で自治体連携の必要性から危機対 応の標準化が必須であることがよう やく認識されはじめた段階となって います.2011年秋に発行された危機 管理に関する国際規格ISO22320は翌 年にはJIS化され(JIS Q 22320) (2) 今後国内での標準化のベースになる と考えられます. 本稿では,世界的に広く使用され ている「WebEOC」の概要,および それを活用した日本の自治体におけ る危機対応の標準化を見据えたシス テムの研究開発事例について紹介し ます. 世界のデファクトスタンダード システム「WebEOC」 WebEOCはWeb上で実現する危機 管理室(EOC: Emergency Operations Center)のことで,主に災害 ・ 危機 対応に従事する関係者が活用するソフ トウェア製品 (3) です.米国の医療 ・ 危 機管理の会社が提供するソフトウェア で,NTTラーニングシステムズは日 本における販売代理店です.米国では 8 割の州,世界各国の多くの企業や公 的機関で災害対応だけでなくイベント 警備や日常の危機対応を含むオールハ ザードに対して活用されており,危機 管理におけるデファクトスタンダード システムです(図1 2 ). 米国では冒頭でも触れたとおり危機 対応のために共通した仕組みが構築さ れています.危機発生時の体制,報告 等に必要な様式,備えなければいけな い物資一覧,標準的な対応プロセスな どが共通化されています.各自治体, 企業は危機発生時にこの定められた仕 組みにより協働的に行動することによ り,自治体や組織の壁を越えて標準的 災害対策本部 危機管理 WebEOC WebEOCを活用した危機管理情報マネジメント 支援システム NTTグループでは,危機管理室での先を見据えた危機対応 を支援するためのシステムの開発を行っています.本稿では, Webを活用した危機管理ソフトウェア「WebEOC」をベースに 危機管理情報マネジメントフロー(自治体の災害対応ノウハ ウ)を具現化し,稼働の大幅な削減と効率的・効果的な危機 管理を実現する取り組みについて紹介します. /小 あきら /一 ノ瀬 ふみあき ここがわ ともひろ /前 /佐 ひでかず たかひろ /和 /酒 西 にしむら としあき /杉 すぎやま まさひろ /圖 まなぶ /蓑 NTTセキュアプラットフォーム研究所 †1 NTTラーニングシステムズ †2 †1 †1 †1 †1 †1 †2 †2 †2 †2 †2 †2 †2 †2 †2

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Page 1: 03 65 特集 - Nippon Telegraph and Telephone

NTT技術ジャーナル 2015.3 55

特集

防災・危機管理のNTTグループ連携ソリューション

防災対策の現状

東日本大震災後,台風による豪雨災害,首都直下地震 ・ 南海トラフ巨大地震への不安拡大等の背景を受け,行政 ・ 企業 ・ 個人が一体となった防災 ・減災対策への取り組みが必要となっています.これまでは防災といった施設整備を中心としたハード防災が主体でしたが,東日本大震災にみられるように想定していた被害規模を超えてしまうと防災対策だけでは防ぎきれないこともあります.したがって,減災といった実際に危機事象が発生した後に応急対応を迅速にし,効果的な復旧 ・ 復興を行うためのソフト防災が重要となってきており,ICTシステムの担う役割が大きくなっています.

これまで日本で普及してきた防災情報システムの多くは専用端末にて各拠点からの報告を危機管理室に集約する一方通行のシステムであり,ユーザからの多大な要望に沿った独自のシステムとなっていて標準化は進んでいませんでした.また,基本的に情報集約して地図上に表示し情報共有するところ

までが対象となっていました.したがって,その先のコマンド(指揮 ・ 命令)や活動状況といった活動ログについてはいまだにホワイトボードで管理されていてICTシステムが活用されていないという状況でした.

一方,米国では危機対応の標準規格(ICS/NIMS)が整備され,ICTシステムの活用が一般的となっています(1).日本の危機対応は自治体や機関ごとにバラバラに行われてきましたが,東日本大震災以降は近隣や広域で自治体連携の必要性から危機対応の標準化が必須であることがようやく認識されはじめた段階となっています.2011年秋に発行された危機管理に関する国際規格ISO22320は翌年にはJIS化され(JIS Q 22320)(2),今後国内での標準化のベースになると考えられます.

本稿では,世界的に広く使用されている「WebEOC」の概要,およびそれを活用した日本の自治体における危機対応の標準化を見据えたシステムの研究開発事例について紹介します.

世界のデファクトスタンダード システム「WebEOC」

WebEOCはWeb上で実現する危機管理室(EOC: Emergency Operations Center)のことで,主に災害 ・ 危機対応に従事する関係者が活用するソフトウェア製品(3)です.米国の医療 ・ 危機管理の会社が提供するソフトウェアで,NTTラーニングシステムズは日本における販売代理店です.米国では8 割の州,世界各国の多くの企業や公的機関で災害対応だけでなくイベント警備や日常の危機対応を含むオールハザードに対して活用されており,危機管理におけるデファクトスタンダードシステムです(図 1 , 2 ).

米国では冒頭でも触れたとおり危機対応のために共通した仕組みが構築されています.危機発生時の体制,報告等に必要な様式,備えなければいけない物資一覧,標準的な対応プロセスなどが共通化されています.各自治体,企業は危機発生時にこの定められた仕組みにより協働的に行動することにより,自治体や組織の壁を越えて標準的

災害対策本部 危機管理 WebEOC

WebEOCを活用した危機管理情報マネジメント支援システム

NTTグループでは,危機管理室での先を見据えた危機対応を支援するためのシステムの開発を行っています.本稿では,Webを活用した危機管理ソフトウェア「WebEOC」をベースに危機管理情報マネジメントフロー(自治体の災害対応ノウハウ)を具現化し,稼働の大幅な削減と効率的・効果的な危機管理を実現する取り組みについて紹介します.

小こ さ か

阪 尚な お こ

子 /小こ や ま

山  晃あきら

/一い ち の せ

ノ瀬 文ふみあき

爰ここがわ

川 知ともひろ

宏 /前ま え だ

田 裕ゆ う じ

二 /佐さ

久く

間ま

秀ひでかず

野の ざ き

崎 貴たかひろ

裕 /和わ

田だ

茉ま

莉り

/酒さ か い

井 奈な

々な

西にしむら

村 聡としあき

明 /杉すぎやま

山 昌まさひろ

弘 /圖ず し ょ

書  学まなぶ

長お さ だ

田 正ま さ と

土 /蓑み の わ

輪 研け ん じ

NTTセキュアプラットフォーム研究所†1

NTTラーニングシステムズ†2

† 1 † 1 † 1

† 1 † 1 † 2

† 2 † 2 † 2

† 2 † 2 † 2

† 2 † 2

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NTT技術ジャーナル 2015.356

防災・危機管理のNTTグループ連携ソリューション

な対応プロセスで迅速な危機対応が可能となります.

一方,日本国内では防災を含め,危機対応に対する共通した仕組みが構築されていません.現状の危機管理に関するシステムは,情報収集や情報配信に関するシステムが多く提供されて

いますが,これらの間に位置し災害 ・危機対応の要である分析 ・ 判断に関する部分については,共通した仕組みがなくシステム化がなされていません.WebEOCにおいてはこの分析 ・ 判断に関してもWeb上の様式に情報を入力 ・ 共有し,そのプロセスを標準化す

ることにより,災害 ・ 危機対応の迅速化を図ることができます.この様式はお客さまの対応フローに合わせて作成することができます.ソフトウェアのインタフェースも開示しており,情報収集や情報配信系の他システムとの連携も可能です.そして,様式に入力さ

災害対応記録

Ⅰ 情報収集・共有 Ⅱ 状況把握・予測 Ⅲ 計画立案・意思決定 Ⅳ 進捗管理

[情報収集を容易にする掲示板]・現場の被災状況をスマートフォン等を使って入力

・外部システムとの連携により,自動的に情報の取り込みが可能

[情報を見える化するダッシュボード]・複数の掲示板を1画面に集約・外部地図との連携により,多層的な状況把握が可能

[簡単にできる報告書作成ツール]・報告書の基となるデータを集約・会議資料だけでなく,決定事項の記録にも活用

[メール感覚で誰でも利用できる連絡処理票]・他組織への指示・依頼をメール感覚で利用・自組織のタスク管理にも活用

図 2  危機対応の標準プロセスに沿ったWebEOCの利用イメージ

災害対策本部の役割 従来の課題 WebEOCでここが変わる!

●情報収集・共有

●状況把握・予測

●計画立案・意思決定

●進捗管理

●災害対応経験の継承

●ホワイトボードによる情報管理は,情報量の増加に対応できず,重要情報が埋もれてしまう

●集まった情報を見やすいかたちで整理できる人が限られている

●情報の取りまとめに時間を取られ,先を見越した計画が立てられない

●各組織への問合せに時間が掛かり,リアルタイムに進捗が分からない

●掲示板の活用により,情報の更新が容易に!重要情報を埋もれさせない!

●WebEOCなら災害ごとにデータが蓄積!振り返りを通じて,次の災害対応に活用できる!

●ダッシュボード画面により,必要とする情報を組み合わせて,見える化!誰もが同じ状況を把握できる!

●報告書作成ツールにより,情報の取りまとめ時間が短縮!計画立案に時間を掛けられる!

●連絡処理票の使用により,各組織の対応状況をリアルタイムに管理!問合せ稼働が削減

●災害対応時は忙しくて,記録に残せない

図 1  WebEOC導入の効果

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NTT技術ジャーナル 2015.3 57

特集

れたデータは,振り返りや平時の訓練での活用など,日常でも活用できるシステムとなっています.

日本でも近年の災害 ・ 危機の大規模化 ・ 広域化に対応するためにもこの協働 的 に 行 動 す る 仕 組 み で あ るWebEOCが求められており,日本での使い方を検証し日本版としての活用方法を検討中です.また,アジアでは日本の支援により,ASEANの防災センターとしての役割のあるAHAセンター

(ASEAN coordinating Centre for Humanitarian Assistance on disaster management)に日本政府の支援の一環でWebEOCを導入し(4),ASEAN各国

の災害 ・ 危機対応のシステムとして活用されています.

危機管理情報マネジメント支援 システム

NTTセキュアプラットフォーム研究所では,WebEOCをベースに危機管理情報マネジメント支援システムを構築しています.危機対応の業務を定型 ・ 非定型に大別して情報の管理を行っています(図 3 ).定型業務に関する情報は,必要な情報を埋めるためのガイドとして情報収集様式(テンプレート)を活用します.非定型業務に関する情報は,自由記述に対して経験

者により情報の重要度,優先度,情報種別等を付与した活動ログを採用しています.このように本システムでは危機対応にかかわる情報を一元管理しており,特に活動ログを活用し危機対応のマネジメントを効率化することが従来システムとの大きな違いとなっています.システムでは,収集した情報を情報集約画面Plan/Do/Seeで総覧できるようにし,効率的 ・ 効果的な危機対応を支援します(図 4 ).Plan画面では,国際標準にある本部運営のプロセスを表した「Operational Planning “P”」(3)を日本版としてチェックリストとともに整備し,危機管理室の職員が

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定型業務

非定型業務

【各種情報集約】

情報収集様式(テンプレート)を活用

一覧での状況把握 【取りまとめ】

定型的な業務に対し,テンプレートで情報登録

取りまとめ報,消防庁 4号様式など,報告書を自動作成

必要な情報を埋めるためのガイド

自由記述(活動ログ)を活用

【常時ボード】 【指示連絡ボード】

平常時から関係者間の情報共有に活用

気象状況,被害の状況,対応状況や,連絡・指示・回答を一元的に管理

経験者により情報の重要度,優先度,情報種別等を付与する形式

図 3  定型業務と非定型業務の情報処理

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NTT技術ジャーナル 2015.358

防災・危機管理のNTTグループ連携ソリューション

やるべきことを提示します.Do画面では,これまで電話(口頭)やホワイトボードのメモにあった非定型業務の情報を電子化して一元管理し,対応状況の確認や現場への指示を迅速にできる仕組みとなっています.See画面では,対応や被害の状況を地図や表形式で俯瞰的に把握することができ,関係者間の状況認識の統一を効率化します.また,電子化することで自動集計や集約が可能となり,取りまとめ作業や広報,上部組織への報告作業が大幅に削減できます.

今後の展望

NTTグループでは,WebEOCを活用した危機管理情報マネジメント支援

システムを基軸に,既存のNTTグループ商品やさまざまな標準仕様の商用製品を連携させることで,トータルな危機管理ソリューションを提供することを目指しています.また,自然災害といった単一のハザードへの対応だけでなく,サイバーテロや感染症(パンデミック),事故,システム障害等の複合的なハザードへの対応へも拡張した展開を考えています.

■参考文献(1) 東田 ・ 小阪 ・ 前田:“災害 ・ 危機対応におけ

る日米比較と国際規格ISO22320,” NTT技術ジャーナル, Vol.25, No.3, pp.48-52, 2013.

(2) 危機対応標準化研究会:“世界に通じる危機対応 ISO22320: 2011(JIS Q 22320-2013) 社会セキュリティ—緊急事態管理—危機対応に関する要求事項 解説,” 2014. 5.

(3) 佐久間:“BCP策定後の次ステップを実現する 危 機 管 理 ソ リ ュ ー シ ョ ン,” NTT技 術ジャーナル, Vol.22, No.8, pp.47-50, 2010.

(4) http://www.asean.emb-japan.go.jp/release13_27j.html

危機管理室(EOC)

Plan Do See

WebEOC

Lアラート (旧 公共情報コモンズ)

APPLIC準拠システム

被災者生活再建支援システム

伝達制御システム

デジタルサイネージ

連携取りまとめの自動化

Operational Planning “P”によるナビゲーション

マネジメントフローの組込み

非定型業務の管理 状況認識の統一

即時に報告・共有

各担当部局現場担当者本システムの範囲

各種システムとの連携

本部会議資料本部会議資料

取りまとめ報取りまとめ報情報処理様式情報処理様式

一元管理による効率化

図 4  危機管理情報マネジメント支援システム(上段左から) 一ノ瀬 文明/ 爰川 知宏/ 前田 裕二/ 小阪 尚子/ 小山  晃

(下段後列左から) 和田 茉莉/ 野崎 貴裕/ 圖書  学/ 酒井 奈々/ 西村 聡明

(下段前列左から) 杉山 昌弘/ 蓑輪 研二/ 長田 正土/ 佐久間 秀一

NTTグループでは,国内外での危機対応の標準化を普及促進していくとともに,災害に強いしなやかな社会の実現を目指したICTシステムの研究開発とソリューションの提供を進めていきます.

◆問い合わせ先NTTセキュアプラットフォーム研究所 パブリックICTソリューションプロジェクトE-mail riscon-ml lab.ntt.co.jp

NTTラーニングシステムズ インタラクティブコミュニケーション事業部TEL 03-5440-4215FAX 03-5440-4210E-mail webeoc-ml nttls.co.jp