フォトニック結晶導波路における 研究紹介 共伝搬・ … jsap.pdfco- and...

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制御パルス Si 細線 スローライト 制御パルス 低分散 分散可変 円孔 信号パルス A (a) A B B C C Wave number k (2π/a) Frequency ω (2πc/a) 0.5 0.4 0.3 LSPCW Δn PCW 0.295 (b) (c) 0.290 0.285 1 μm PBG 導波路 フォトニック結晶導波路における 共伝搬・逆伝搬スローライト系 近藤 圭 祐,馬 場 俊彦 非線形を用いた光制御は多彩で高速な反面,一般に効果が小さ い.しかし Si フォトニック結晶導波路の強い光閉じ込めとスロー ライト効果を用いれば,これをオンチップで手軽に増強することが できる.本稿では特に,2 つのスローライトパルスが同時に伝搬 し,相互作用を起こす系を紹介する.増強された非線形に,ス ローライトが得意とする群遅延や分散の操作をミックスすると,断 熱的波長変換,高速遅延チューニング,パルス圧縮,ドップラー シフトといった機能が得られる. 1. まえがき 光伝搬の制御は,光,熱,電気,機械動作などさまざまな 物理作用を伝搬路に与え,光が感じる実効的な屈折率変化 Δn を生じさせることで行われる.光による光の制御では,高 強度の光と媒質の間の非線形相互作用がしばしば議論され 1) .しかし高速な非線形の Δn は一般に小さく,十分な制御 には光ファイバのような長いデバイスが必要になる.ところで 近年,シリコン(Si)フォトニクス 2,3) が急速に発展し,誰もが 高度な光集積チップを作れるようになった.ここでの基本導波 路である Si 細線は,Si 自体が大きな非線形係数をもつ 4) こと に加え,光ファイバの千分の 1 以下という微小断面積で光パ ワー密度を高めるため,オンチップの非線形を簡単に実現す 4〜7) .また,我々 が 研 究 する Si フォトニック結 晶 導 波 路 (Photonic Crystal Waveguide: PCW,1 (a))を組み込む と,さらに非線形が大きくなる 8〜10) .ここでは光が真空中の 数十〜数百倍ゆっくりと伝搬する「スローライト」が発生する. 構造を微調整すると短い光パルスもスローライト化され 9〜13) 図 1(a)の導波路 A のように空間的に圧縮されてエネルギー 密度を高める.また導波路 B,C のように,2 個のスローライ トパルスが同時に伝搬すると,さらに興味深い現象が起こる. 2 つのパルスの向きに応じて,我々はこれらを共伝搬・逆伝 搬スローライト系と呼んでいる. これまでスローライトには,光バッファや分散補償,小型な 光変調器や光スイッチ,高感度な光検出器やセンサ,相関演 算を使った測定器など,さまざまなデバイス応用が期待されて きたが,本稿では上記のような系の非線形応用に特に注目す る.まず光パルスのスローライト化を実現する低分散・可変分 散スローライトを説明し,次にこれが実現する 4 つのユニーク な機能を紹介する 14〜17) 共伝搬・逆伝搬スローライト系(近藤・馬場)/ 研究紹介 595 横浜国立大学 大学院工学研究院 〒 240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台 79-5. 分類番号 7.9,7.11 e-mail: [email protected], [email protected] Co- and counter-propagating slow-light systems. Keisuke KONDO and Toshihiko BABA. Department of Electrical and Computer Engineering, Yokohama National University (79-5 Tokiwadai, Hodogaya-ku, Yokohama 240-8501) 研究紹介 1 共伝搬・逆伝搬スローライト系の概要.(a)PCW を伝搬するスローライトパルス.A は 1 個のパルス伝搬.B は信号パルスと制御パルスの共伝搬.C は 逆伝搬.(b)製作された Si LSPCW の走査型電子顕微鏡写真.点線の丸は導波路から数えて 3 列めの円孔列をシフトさせていることを表す.(c)LSPCW と PCW のフォトニックバンド.格子定数 a に対して,Si スラブ厚さ t=0.55 a,円孔直径 2 r=0.59 a,シフト量 s=0.18 a

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OY167004(研究紹介_近藤先生・馬場先生)_下版_三校_再校_初校_0校.mcd Page 1 16/06/23 13:52 v6.20

制御パルス

Si 細線

スローライト

制御パルス

低分散

分散可変

円孔

信号パルス

A

(a) A

B

B

C

C

Wave number k (2π/a)

Frequency ω

(2πc/a)

0.50.40.3

LSPCW

Δn

PCW

0.295

(b)

(c)

0.290

0.285

1 μm

PBG

導波路

フォトニック結晶導波路における共伝搬・逆伝搬スローライト系近 藤 圭 祐,馬 場 俊 彦

非線形を用いた光制御は多彩で高速な反面,一般に効果が小さ

い.しかしSiフォトニック結晶導波路の強い光閉じ込めとスロー

ライト効果を用いれば,これをオンチップで手軽に増強することが

できる.本稿では特に,2 つのスローライトパルスが同時に伝搬

し,相互作用を起こす系を紹介する.増強された非線形に,ス

ローライトが得意とする群遅延や分散の操作をミックスすると,断

熱的波長変換,高速遅延チューニング,パルス圧縮,ドップラー

シフトといった機能が得られる.

1. まえがき

光伝搬の制御は,光,熱,電気,機械動作などさまざまな

物理作用を伝搬路に与え,光が感じる実効的な屈折率変化

Δnを生じさせることで行われる.光による光の制御では,高

強度の光と媒質の間の非線形相互作用がしばしば議論され

1)

.しかし高速な非線形の Δnは一般に小さく,十分な制御

には光ファイバのような長いデバイスが必要になる.ところで

近年,シリコン(Si)フォトニクス

2,3)

が急速に発展し,誰もが

高度な光集積チップを作れるようになった.ここでの基本導波

路であるSi 細線は,Si 自体が大きな非線形係数をもつ

4)

こと

に加え,光ファイバの千分の 1 以下という微小断面積で光パ

ワー密度を高めるため,オンチップの非線形を簡単に実現す

4〜7)

.また,我々が研究する Si フォトニック結晶導波路

(Photonic Crystal Waveguide: PCW,図 1(a))を組み込む

と,さらに非線形が大きくなる

8〜10)

.ここでは光が真空中の

数十〜数百倍ゆっくりと伝搬する「スローライト」が発生する.

構造を微調整すると短い光パルスもスローライト化され

9〜13)

図 1(a)の導波路 A のように空間的に圧縮されてエネルギー

密度を高める.また導波路 B,Cのように,2 個のスローライ

トパルスが同時に伝搬すると,さらに興味深い現象が起こる.

2 つのパルスの向きに応じて,我々はこれらを共伝搬・逆伝

搬スローライト系と呼んでいる.

これまでスローライトには,光バッファや分散補償,小型な

光変調器や光スイッチ,高感度な光検出器やセンサ,相関演

算を使った測定器など,さまざまなデバイス応用が期待されて

きたが,本稿では上記のような系の非線形応用に特に注目す

る.まず光パルスのスローライト化を実現する低分散・可変分

散スローライトを説明し,次にこれが実現する4つのユニーク

な機能を紹介する

14〜17)

共伝搬・逆伝搬スローライト系(近藤・馬場)/ 研究紹介

595

横浜国立大学 大学院工学研究院 〒 240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台 79-5. 分類番号 7.9,7.11

e-mail: [email protected], [email protected]

Co- and counter-propagating slow-light systems. Keisuke KONDO and Toshihiko BABA.

Department of Electrical and Computer Engineering, Yokohama National University (79-5 Tokiwadai, Hodogaya-ku, Yokohama 240-8501)

研究紹介

図 1 共伝搬・逆伝搬スローライト系の概要.(a)PCWを伝搬するスローライトパルス.Aは1 個のパルス伝搬.Bは信号パルスと制御パルスの共伝搬.Cは

逆伝搬.(b)製作された Si LSPCW の走査型電子顕微鏡写真.点線の丸は導波路から数えて 3 列めの円孔列をシフトさせていることを表す.(c)LSPCWと

PCWのフォトニックバンド.格子定数 aに対して,Siスラブ厚さ t=0.55 a,円孔直径2 r=0.59 a,シフト量 s=0.18 a.

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自由キャリヤ (Δn)

制御パルス信号パルス

Δλ (nm)

(c) (d)

(a) (b)

0

0 1 2 3 4 5

−5

−10

−15

−20

−25

Δn

Δnn 4.9 nm

1546 15501548 1552 1554Wavelength (nm)

Normalized intensity

共振器

λinλin λ' λ'

制御あり

制御なし

vc

vc /vs

vs

Δλ=λ

制御パルス信号パルス

(i) (ii)

Relative delay (ps)

Normalized output

5

10

15

−5

−10

−15

0

−10−20 0

Δtc (ps)

自由キャリヤ

(a) (c)

(i)

制御パルスなし

Wave number k

Frequencyω

ωin

ω'

(b)

制御パルスあり

(ii)

ωin ω'制御パルスあり

制御パルスなし

vg=dωdk

2. 低分散・可変分散スローライト

まず,光パルスを伝搬する低分散 PCWを紹介する(図 1

(b)).PCWはSiスラブ上の導波路とそれを挟む円孔列で構

成されるが,ここでは3 列めの円孔をわずかにシフトさせてい

8,14,18)

.このような格子シフト型 PCW(Lattice-Shifted

PCW: LSPCW)の分散関係(フォトニックバンド)をPCWと

比較する形で図 1(c)に示す.バンドは小さな傾きが低群速度

を,小さな曲率が低分散を表す.PCW は光の禁制帯

(Photonic Band Gap: PBG)

19,20)

近くで低群速度を示すが,

その周波数範囲は狭く,分散が大きいため,短い光パルスは

伝搬できない.一方,LSPCW のバンドは低群速度を示す周

波数範囲が広く,しかも低分散なため,短パルスでも形状を

変えずに伝搬できる.光通信波長 1.3〜1.6 μmの高強度パル

スを Si LSPCW に導入すると,非線形吸収(2 光子吸収,

Two-Photon Absorption: TPA)により自由キャリヤが発生し,

プラズマ分散によるΔnが生じる.さらに LSPCWではバンドに

変曲点が現れる

8,14)

.その周辺で Δnによるバンドの周波数シ

フトをうまく利用すると,群速度や分散が可変になる.

共伝搬・逆伝搬スローライト系では,高強度の制御パルス

を低分散バンドの波長に設定して Δnを誘起し,別の波長の

信号パルスを制御する.信号パルスの波長,2つのパルスの

長さや入力タイミングによって現象が変わる.例えば共伝搬系

で信号パルスも低分散バンドに設定すると,制御パルスと並

走して長く作用を受ける.信号パルスを可変分散バンドに設

定すると,制御パルスの作用を受けながら,群速度や分散を

変える.信号パルスをPBG 付近に設定すると,透過/反射

も切り替えられる.

3. 共伝搬スローライト系

3.1 動的制御による断熱的波長変換

動的制御とは,光がいるまさにそのとき,その場所の屈折

率を変えることを指す.このとき,ギターのチューニングのよう

に光が波長を変える現象を断熱的波長変換

15,21〜27)

と呼ぶ.

過去には図 2(a)のような共振器系で多くの研究があり,共振

器内の光が Δλ≈λΔn/nだけ波長を変化させる.系に損失が

なければ変換効率は 100 % であり,原理上,単一光子で

あっても波長変換が可能である.ただしここでの Δλは Δnの

みで決まるため,一般に小さい.一方,共伝搬スローライト

系を使えばより大きなΔλが得られる(図 2(b)).制御パルス

は伝搬中に Δnを発生し続け,これと重なって伝搬する信号

パルスは,断熱的波長変換を継続的に受けるのである.図 2

(c)は,制御パルスの群速度 vcと信号パルスの群速度 v

sの

比に対するΔλの計算例である.両パルスの速度が近づき共

伝搬が長くなると,Δλは発散的に増大する.また,vc/v

sが大

きくなると信号が停止する共振器系の状況に近づき,

Δλ≈λΔn/nとなる.つまり共伝搬系は共振器系の拡張といえ

る.図 2(d)は 2つのパルスを共に低分散バンドに設定したと

きの実験例であり,共振器系より大きなΔλ=4.9 nmが観測さ

れた.長い制御パルスのほうが信号パルスへの作用が均一に

なるので,スペクトル広がりが少ない単純なシフトとなる.

3.2 遅延チューニング

次に,信号パルスを可変分散バンドに設定した共伝搬系を

考える.図 3(a)の(i)のように信号パルスが遅れて入力される

と,すでにΔnが生じた後の導波路を信号パルスが通ることに

なる.Δn があるとバンドは周波数シフトするが(図 3(b)),

信号パルスの ωは変化しないので,kが変化して,結果的に

群速度が減少する.一方,図 3(a)の(ii)のように制御パルス

と信号パルスが同時に入力され,共伝搬すると,断熱的波長

変換が起こる.バンド図上では信号パルスが ωとkの両方を

応用物理 第 85 巻 第 7号(2016)

596

図 2 断熱的波長変換.(a)共振器系と(b)共伝搬スローライト系の概要.(c)

2 つのパルスの群速度の比 vc/vsに対するΔλ の変化.信号パルスの中心

波長は λ=1.55 µm,n=3,Δn=−0.005.(d)共伝搬系で実験的に観

測された出力信号スペクトル.

図 3 遅延チューニング.(a)概要.(b)フォトニックバンド上の信号パルスの

動作点(青丸)の遷移.(c)LSPCWから出力された信号パルスの時間波形.

半値全幅1.5 psの参照パルスとの相互相関法により得られた.

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制御パルスあり

制御パルスあり

−10−20 0 10 20

−20 0 20

(c)

−10−8−6−4−20

108642

18161412

Δt c (ps)

1542 15461544Delay (ps)

Delay (ps)

λ (nm)

制御パルスなし

制御パルスなし

制御パルスあり

入力(a)

(b)

0

2

4

Intensity (a.u.)

−20 0 20Delay (ps)

0

2

4

Intensity (a.u.)

信号パルス制御パルス 自由キャリヤ

非線形スペクトル拡大 分散補償I

λt t t

t t t

λ

z z z

変えながら遷移し,群速度が増大する.図 3(c)は出力され

た信号パルスの時間波形を入力タイミング Δtcごとに観測した

もので,Δtc<−5 ps の(i)では遅延がわずかに増加し,Δt

c

≈0 ps の(ii)では大きく減少した.

ところで,(i)ではキャリヤの有無が遅延チューニングの起源

なので,制御パルスがなくなっても,キャリヤが消滅するまで

遅延は元に戻らない.一方,(ii)では制御パルスの重なりが

直接的に信号パルスに作用するので,キャリヤ生成を利用し

ているにもかかわらず,遅延は制御パルスの有無に追随して

高速に切り替わる.また,信号パルスの入力が遅れると,そ

れを補償するように出力が早まる(図 3(c)).つまり制御パル

スをクロックとすることで,光信号処理で一般に難しいとされる

高速な光信号のリタイミング動作が実現できる.

3.3 パルス圧縮

パルスの時間圧縮には,スペクトル拡大とそれに伴う分散

の補償が必要である.スペクトル拡大には,光カー効果による

自己位相変調が一般的に用いられる

1,28〜30)

.ここでは時間 t

に対して単調な波長チャープが形成されるので,その後の分

散補償と圧縮が容易である(図 4(a)).Si 導波路中のパル

ス伝搬でも光カー効果は起こるが,パルスが発生させるTPA

誘起キャリヤがパルス自らに作用する断熱的波長変換も同時

に起こる.しかもこれはパルス中央で大きくなるため,光カー

効果の単調なチャープを乱してしまう.実際,波長 1.55 μm

付近で TPAを起こさない InGaP PCW ではパルス圧縮率 5.2

が得られている

31)

のに対して,TPA が起こるSi PCW では

2.3しか報告されていない

32)

これに対して,共伝搬スローライト系を用いるとSi PCWで

も大きな圧縮率が可能になる(図 4(b)).ここでも信号パル

スを可変分散バンドに,制御パルスを低分散バンドに設定す

るが,制御パルスをより短くし,大きな群速度をもたせて,後

から入力する.こうすると制御パルスは信号パルスを追い越

すが,その際に信号パルスに断熱的波長変換を起こさせる.

ここで制御パルスは LSPCW 自体の損失とTPAを受けて徐々

に減衰するので,信号パルス内でもΔλ が徐々に変化し,結

果的に単調なチャープが形成される.その後,LSPCW の中

で分散補償すると圧縮されたパルスが出力される.実測され

た信号パルスのスペクトルと時間波形を制御パルスの入力タイ

ミング Δtcに対してカラーマップ表示したのが図 4(c)である.

信号パルスはスペクトルが徐々に拡がり,白線で表される制

御パルスの前に押し出される形で圧縮されている.入力時の

フーリエ限界パルス幅 13.9 ps が,出力時には最小で 1.4 ps

まで圧縮された.圧縮率 9.9 はオンチップパルス圧縮

30〜32)

で報告された最大の値である.

4. 逆伝搬スローライト系のドップラーシフト

ここでは,制御パルスと信号パルスをそれぞれ LSPCW の

別の端部から入射,伝搬させ,LSPCWの中で衝突させる.

このとき,制御パルスによるΔnが PBGを高周波側にシフトさ

せる状況を考える(図 5(a)).信号パルスの周波数 ωinをバ

ンド端近くに設定すると,PBG がシフトした領域には進入でき

なくなるので,制御パルスは動くミラーとして働き,信号パル

スはこれに反射される.つまりあたかも「光が光を反射する」

といった興味深い振る舞いが可能になる.このとき信号パルス

は,ドップラー効果によって周波数が ω≈ωin+2 kv

cにシフト

すると予想される.類似の技術として,音響波が光を反射,

ドップラーシフトさせる音響光学変調

33〜35)

があるが,音響波

共伝搬・逆伝搬スローライト系(近藤・馬場)/ 研究紹介

597

図 4 パルス圧縮.(a)光カー効果を用いる圧縮の概要.(b)共伝搬スローライト系における圧縮の概要.(c)制御パルスの入力タイミング

Δtcに対する信号パルスのスペクトルと相互相関測定された時間波形のカラーマップ.白線は制御パルスのタイミングを表す.右の波形は制

御パルスなし/ありのときの出力信号波形.強度は,波形観測と同時に測定した平均パワーとパルス時間幅から算出した.

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Position z (μm)

Δk

Δω

0

10

20

30

40(a) 0.27

0.26

0.25

0.24

Δn0−0.1

ω (2

πc/a)

Position z (μm)

Time t (ps)

0 0 0.5 1.0 1.5

10

20

30

40

k (2π/a)

0.27

0.26

0.25

0.240.3 0.5 0.7

ω (2

πc/a)

(b)

信号パルスの軌跡

vc=−0.077c

vc=−0.143c

Wavelength (nm)

Normalized intensity

1400 1600 1800 1400 1600 1800

λin λinΔn=−0.02 Δn=−0.5100

(b)

(a)

10−2

10−4

10−2

10−4

10−2

10−4

10−2

10−4

ωin

Wave number kWave number k

Frequencyω

ω'

ωin

自由キャリヤ制御パルス

信号パルス

PBG PBG

vc

vc=−0.100c

vc=−0.063c

vc=−0.040c

vc=−0.025c

は遅いため,シフト量は非常に小さい.一方,上記のPBGミ

ラーは準光速で動くので,音響波より4 桁以上も大きなシフト

が期待できる.図 5(b)は衝突後の信号パルスのスペクトルの

計算例である.水色の線は入力スペクトル,紺色の線は反射

スペクトルを表す.Δnが大きいときに注目すると,vcが大きい

ほど波長シフトが大きくなるというドップラー効果の特徴が現

れ,LSPCW で実現可能な vcに対して 150 nmという巨大な

シフトが見られる.ただしΔn が小さいと,このようなシフトが

消滅する.

これらの振る舞いも断熱的波長変換により説明できる.制

御パルスによるΔn は動的に発生するので,信号パルスは,

これに衝突する瞬間に断熱的波長変換を受けるのである.こ

の点を考慮して信号パルスとΔn に関する時空間的な軌跡と

フォトニックバンド上の軌跡を計算すると,図 6のようになる.

図 6(a)は Δn が大きく,信号パルスがミラーの前に完全に反

射されるときである.バンド上の信号パルスは黒線の上を遷移

し,群速度の正負が逆転する k=0.5(2 π/a)を超えて,最終

的に最初のバンド(緑色)の上に戻る.断熱的波長変換とバ

ンドの理論からこの黒線を導出すると,ω=ωin+(k−k

in+2

π/a)vcとなり,ドップラー効果と同じ形式になった.つまりこの

波長シフトはドップラーシフトであり,それは断熱的波長変換と

等価だということがわかる.ところで図 5(b)では,黒矢印のシ

フトのほかに灰色矢印のシフトも見られ,その振る舞いは,

ω=ωin+(k−k

in)v

cに一致する.よってこれもドップラーシフト

と呼べるが,こちらは断熱的波長変換では説明できない.詳

しい説明は省略するが,これは非断熱的なドップラーシフトで

ある

35,36)

.さらに図 5(b)では,Δn が小さくvcが速いとき,こ

れらのいずれにも一致しないピーク(白抜き矢印)が見られ

る.これはバンド図において信号パルスが傾き vcの黒線上を

遷移するものの,最終的に,最初のバンドに戻らない状況で

ある.つまり信号パルスはミラーに進入し,そこから抜け出せ

ない.これはドップラー効果に当てはまらない断熱的波長変換

として説明される.

5. むすび

2 つの光の間に生じる非線形相互作用とそれによる光制御

は,4光波混合やパラメトリック増幅など,古くから研究されて

きた.フォトニック結晶導波路の共伝搬・逆伝搬スローライト

系を用いれば,従来にない光制御がオンチップで実現できる.

今後,さらなる新機能の開発が期待される.

本研究は,(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構

(NEDO)「超低消費電力型光エレクトロニクス実装システム技

術開発」プロジェクトの支援を受けた.

文 献

1)G.P. Agrawal: Nonlinear Fiber Optics (Academic, 2007).

2)G.T. Reed: Silicon Photonics (Wiley, 2008).

3)W. Bogaerts, R. Beats, P. Dumon, V. Wiaux, S. Beckx, D. Taillaert, B.

Luyssaert, J.V. Campenhout, P. Bienstman, and D.V. Thourhout: J.

Lightwave Technol. 23, 401 (2005).

応用物理 第 85 巻 第 7号(2016)

598

図 6 信号パルス(実線)とミラーの Δn(カラープロット)の時空間的変化

(左図),および対応するバンド上の断熱的波長変換による遷移の軌跡(右

図).(a)信号パルスが完全に反射される条件.(b)信号パルスがミラーの中で

逆進する条件.

図 5 スローライト誘起反射型ドップラーシフト.(a)信号パルスの反射の概念

とバンドのシフト.(b)LSPCW 入射端付近で観測された信号スペクトル cは

真空中の光速.λin は信号パルスの入力波長.

OY167004(研究紹介_近藤先生・馬場先生)_下版_三校_再校_初校_0校.mcd Page 5 16/06/23 13:52 v6.20

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5)H.K. Tsang, C.S. Wong, T.K. Liang, I.E. Day, S.W. Roberts, A. Harpin, J.

Drake, and M. Asghari: Appl. Phys. Lett. 80, 416 (2002).

6)R. Dekker, A. Driessen, T. Wahlbrink, C. Moormann, J. Niehusmann, and

M. Först: Opt. Express 14, 8336 (2006).

7)Q. Lin, O.J. Painter, and G.P. Agrawal: Opt. Express 15, 16604 (2007).

8)T. Baba: Nat. Photonics 2, 465 (2008).

9)C. Monat, B. Corcoran, M.E. Heidari, C. Grillet, B.J. Eggleton, T.P.

White, L. OʼFaolain, and T.F. Krauss: Opt. Express 17, 2944 (2009).

10)M. Shinkawa, N. Ishikura, Y. Hama, K. Suzuki, and T. Baba: Opt. Express

19, 22208 (2011).

11)L.H. Frandsen, A.V. Lavrinenko, J. Fage-Pedersen, and P.I. Borel: Opt.

Express 14, 9444 (2006).

12)S. Kubo, D. Mori, and T. Baba: Opt. Lett. 32, 2981 (2007).

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14)K. Kondo, M. Shinkawa, Y. Hamachi, Y. Saito, Y. Arita, and T. Baba: Phys.

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(2016 年 3月 1 日 受理)

共伝搬・逆伝搬スローライト系(近藤・馬場)/ 研究紹介

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P r o f i l e

近藤 圭祐(こんどう けいすけ)

2012 年横浜国立大学工学部電子情報工学科卒,13 年 9 月

同大学大学院工学府物理情報工学専攻修士課程修了.同年

10 月より同博士課程在籍中.スローライトの研究に従事.日本

学術振興会特別研究員.応用物理学会,IEEE/Photonics,

SPIE 会員.

馬場 俊彦(ばば としひこ)

1990 年横浜国立大学大学院博士課程修了.94 年同大学助

教授,05 年同大学教授,現在に至る.フォトニック結晶,シリ

コンフォトニクスなどを研究.06 年日本学術振興会賞,12 年

市村学術賞.16 年文部科学大臣表彰科学技術賞.15〜16

年応用物理学会講演会企画・運営委員会委員長.