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- 80 - 縄県立総合教育 前長研修 第 46 集 研究集録 2009 年 9 〈数学〉 数学のさ感得させ数学史活用の試み 三角比において数学史題材とし数学的活動促す授業実践沖縄県立開邦高等学校教諭 上江洲 寿 設定の理由 校は理数科が設置さていこともあ,数学得意とす生徒は比較的い。しかし,成績の良し 悪しに関ず,生徒の口か,「数学は」とか「受験に必要なけばやたくない」という声聞い たもす。数学やその学習に対して極的な意識持ってい生徒は少なかずいと考え。国際的 な調査等でも,が国の生徒の数学に対す意識面の課題が報告さてい。しかし,一人でもくの生 徒が数学に対して,「不思議ですもの」,「便利で用なもの」という積極的な意識持って学 で欲しいものであ。そのためには,生徒自身が数学のさ感じ,その意味理解して,自分のものと すこと,つま数学のさ感得すことが必要であと考え。 数学のさの感得には,「数学はすごい」,「数学は不思議だ」,「数学は役に立つ」といううな生徒自身 の数学のさに対す気づきや感動の体験が必要であ。数学のさに対す気づきや感動引き出すに は,生徒自身が身近な生の中にあ事象と数学関連付けた,定理や公式が導かた過程追体験し たすうな動主体的に体験すことが必要であ。このうな動が,学習指導要領に示さ 数学的動であ。平成 20 年1 に示さた中教育審議会答申におけ学習指導要領改善の基方針で は,子どもたちが算数数学のさ実感すこととそ達成すための算数数学的動の重要性が 示さてい。具体的な数学的動には様々なものがあが,その一つとして,実践研究では,数学史 の用に目したい。数学は古くか人間の営みとく関中でくの概念や定理生み出し,今日に 至発展続けてきた。数学史の中には,実生とのい関の中で生また概念や数学者が挑戦し感 動した問題等の魅力的な題が存在す。古代の文学や量との関の中で生また三角や物体の 運動記述すために創出さたやに微分積分学等,くの人々に発 見や試行錯誤の人間味溢営みが見出せのであ。学習動の中で,生徒がその題と関な が数学的動行うことで,数学のさに対す気づきや感動引き出すことができと考え。そし て,そのうな気づきや感動体験していくことで,生徒は数学のさ感得すのであ。 実践研究では,数学史の題用し,生徒の数学的動促す授業の工改善に取組む。知識 得だけでなく,数学のさに対す気づきや感動生徒か引き出し,生徒が数学のさ感得でき 授業の実践目指すものであ。数学のさ感得すことで,生徒の数学に対す積極的な意識は高ま 。そして,その意識の高まは,自然現象や身近な生の中に存在す数学の豊かな世界に生徒 導き,数学的概念や定理に関す生徒の理解一層めていくであう。こかの高等学校数学科の指 導において,“数学のさ”,“数学的動”という二つのの意義十分に理解し,授業改善の 実践研究めていく必要があと考え,研究設定した。 〈研究仮説〉 数学史の題用し,数学的動促す授業工改善すことで,数学のさに対す生徒の気づ きや感動引きだすことができ,生徒が数学のさ感得すであう。 研究内容 1 数学的活動 (1) 数学的動とは 数学的動という言葉は,学習指導要領の遷においては,平成 11 年に改定さた現行の学習指導要領で初めて用いた。しかし, その趣旨はこまでにも,問題解決学習や考え力の育成等の観点 か切にさてきたものであ。現行の学習指導要領解説では, 数学的動には,的な動(観察,操作,実験実習など)と内 数学的動 公理定義 用意味付け 数学化 定理 図1 数学的活動 (学習指導要領解説)

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沖縄県立総合教育センター 前期長期研修 第 46 集 研究集録 2009 年 9 月

〈数学〉

数学のよさを感得させる数学史活用の試み ―三角比において数学史を題材とし数学的活動を促す授業実践―

沖縄県立開邦高等学校教諭 上江洲 寿

Ⅰ テーマ設定の理由 本校は理数科が設置されていることもあり,数学を得意とする生徒は比較的多い。しかし,成績の良し

悪しに関わらず,生徒の口から,「数学はキツイ」とか「受験に必要なければやりたくない」という声を聞い

たりもする。数学やその学習に対して消極的な意識を持っている生徒は少なからずいると考える。国際的

な調査等でも,わが国の生徒の数学に対する意識面の課題が報告されている。しかし,一人でも多くの生

徒が数学に対して,「不思議でワクワクするもの」,「便利で有用なもの」という積極的な意識を持って学ん

で欲しいものである。そのためには,生徒自身が数学のよさを感じ,その意味を理解して,自分のものと

すること,つまり数学のよさを感得することが必要であると考える。

数学のよさの感得には,「数学はすごい」,「数学は不思議だ」,「数学は役に立つ」というような生徒自身

の数学のよさに対する気づきや感動の体験が必要である。数学のよさに対する気づきや感動を引き出すに

は,生徒自身が身近な生活の中にある事象と数学を関連付けたり,定理や公式が導かれた過程を追体験し

たりするような活動を主体的に体験することが必要である。このような活動が,学習指導要領に示される

数学的活動である。平成 20 年 1 月に示された中央教育審議会答申における学習指導要領改善の基本方針で

は,子どもたちが算数・数学のよさを実感することとそれを達成するための算数・数学的活動の重要性が

示されている。具体的な数学的活動には様々なものがあるが,その一つとして,本実践研究では,数学史

の活用に注目したい。数学は古くから人間の営みと深く関わる中で多くの概念や定理を生み出し,今日に

至る発展を続けてきた。数学史の中には,実生活との深い関わりの中で生まれた概念や数学者が挑戦し感

動した問題等の魅力的な題材が存在する。古代の天文学や測量との関わりの中で生まれた三角法や物体の

運動を記述するために創り出されたニュートンやライプニッツによる微分積分学等,多くの人々による発

見や試行錯誤の人間味溢れる営みが見出せるのである。学習活動の中で,生徒がそれらの題材と関わりな

がら数学的活動を行うことで,数学のよさに対する気づきや感動を引き出すことができると考える。そし

て,そのような気づきや感動を体験していくことで,生徒は数学のよさを感得するのである。

本実践研究では,数学史の題材を活用し,生徒の数学的活動を促す授業の工夫改善に取り組む。知識を

得るだけでなく,数学のよさに対する気づきや感動を生徒から引き出し,生徒が数学のよさを感得できる

授業の実践を目指すものである。数学のよさを感得することで,生徒の数学に対する積極的な意識は高ま

る。そして,その意識の高まりは,自然現象や身近な生活の中に存在する数学のより豊かな世界に生徒を

導き,数学的概念や定理に関する生徒の理解を一層深めていくであろう。これからの高等学校数学科の指

導において,“数学のよさ”,“数学的活動”という二つのキーワードの意義を十分に理解し,授業改善の

実践研究を深めていく必要があると考え,本研究テーマを設定した。

〈研究仮説〉

数学史の題材を活用し,数学的活動を促す授業を工夫改善することで,数学のよさに対する生徒の気づ

きや感動を引きだすことができ,生徒が数学のよさを感得するであろう。

Ⅱ 研究内容 1 数学的活動

(1) 数学的活動とは

数学的活動という言葉は,学習指導要領の変遷においては,平成

11 年に改定された現行の学習指導要領で初めて用いられた。しかし,

その趣旨はこれまでにも,問題解決学習や考える力の育成等の観点

から大切にされてきたものである。現行の学習指導要領解説では,

数学的活動には,外的な活動(観察,操作,実験・実習など)と内

数学的活動

身近な事象

公理・定義

活用・意味付け

数学化 数学的考察・

処理

定理

図1 数学的活動 (学習指導要領解説)

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内容に関係した 数学的な考え方

1.集合の考え 2.単位の考え 3.表現の考え 4.操作の考え 5.アルゴリズムの考え 6.概括的把握の考え 7.基本的性質の考え 8.関数の考え 9.式についての考え

方法に関係した 数学的な考え方

1.帰納的な考え方 2.類推的な考え方 3.演繹的な考え方 4.統合的な考え方 5.発展的な考え方 6.抽象化の考え方 7.単純化の考え方 8.一般化の考え方 9.特殊化の考え方 10.記号化の考え方 11.数量化,図形化の考え方

表4 数学的な考え方(片桐)

的な活動(直観,類推,帰納,演繹など)が考えられるとし,生徒の発達段階をふまえ,表1のよ

うな思考活動を高等学校における数学的活動としてあげ,図1のように図式化している。

(2) 数学的活動の意義

根本博(1999)は,「数学の学習内容は抽象度が高く,たとえ平易な言葉での説明であっても,また

説明された言葉をそのまま記憶したとしても,そこに内包される概念を真にとらえ,自らの知識と

していくことはたやすいことではない。すなわち,それは,一方から他方へ手渡しできるようなも

のではないのである。」と数学の学習内容の特性を指摘している。このような特性をもつ数学の学習

内容を生徒が真に理解するためには,教師の説明や計算練習だけでは不十分である。真の理解は,

その概念や定理を用いた生徒の主体的な数学的活動によって,生徒の内面に構築されるのである。

したがって,数学の学習は,生徒の主体的な数学的活動を柱として展開されることが望ましいと考

える。数学的活動はこれまでにも様々な場面で重要性が主張され,充実した実践が望まれてきた。

しかし,高等学校数学科の学習指導においては,数学の学力や意欲の面からしても十分に充実した

実践がなされているとは言い難い現状があると考える。生徒が学習内容を真に理解し,数学のよさ

を感得するためにも,これまで以上に数学的活動を重視し,学習の柱とすることが必要である。

2 数学のよさ

(1) 数学のよさとは

新学習指導要領数学科目標で示される「数学のよさ」とは,現行の学習指導要領目標における「数

学的な見方や考え方のよさ」を含むものであり,さらに,その対象をより広げ,数学の有用性や文

化的価値,面白さや美しさ等の数学そのものの持つよさをも含むものと考えられる。様々な調査等

で,数学の価値や学ぶ意義に関する生徒の情意面の課題が報告されているが,これらの解決には,

学習指導において,「数学のよさ」を積極的に評価し,「認識」から,さらに一歩進めて,「感得」させ

ることが重要である。そこで,「数学のよさ」を次の三つ

の視点からまとめる。学習活動の中で,生徒がこれらの

よさを感じ,味わう場面を設定することが,よさの感得

には必要である。

① 数学のもつよさ〈特性〉

「特性」という言葉には,「そのものだけがもってい

る,すぐれた性質」という意味がある。そこで,表2に

示すような学問としての数学のよさ〈特性〉をあげる

ことができる。生徒が数学の学習を

通して,これらのよさ〈特性〉を感

得することも大切であると考える。

② 数学を学ぶことのよさ〈価値〉

「価値」という言葉には,「個人

の好悪とは無関係に,誰もが『よい』として承認

すべき普遍的な性質」という意味がある。数学を

学ぶことにもそのよさ〈価値〉があり,数学教育

学研究会(1993)は,そのよさ〈価値〉を表3に示

す四つにまとめている。

③ 数学的活動におけるよさ

片桐重男(2004)は,数学的活動において働く思

考の中から数学的な見方や考え方を抽出し,表4

に示すように「内容に関係した数学的な考え方」と

「方法に関係した数学的な考え方」の二つに分類し

ている。これらの数学的な考え方には,課題を解

・身近な事象を取り上げそれを数学化し,数学的な課題を設定する活動

・設定した数学的な課題を既習事項や公理・定義等を基にして数学的に考察・処理し,その過程で見いだしたいろいろな数学的性質を論理的に系統化し,数学の新しい理論・定理等(以下「数学的知識」という)を構成する活動

・数学的知識を構成するに至るまでの思考過程を振り返ったり,構成した数学的知識の意味を考察の対象となった当初の身近な事象に戻って考えたり,他の具体的な事象の考察などに数学的知識を活用したりする活動

表1 数学的活動としてとらえる思考活動(学習指導要領解説)

簡潔性:表現が簡単で要点をとらえている 明瞭性:明らかではっきりしている 正確性:正しく確かである 合理性:論理の法則にかなっている 能率性:手際よく処理できる 実用性:実際に役に立っている 整合性:矛盾無く整っている 多様性:多様な考えで解決できる 発展性:より広い範囲に広がり,展開する

表2 数学のもつよさ〈特性〉

表3 数学を学ぶことのよさ〈価値〉(数学教育学研究会)

1.実用的価値:生活にも,科学にも有用な道具である。 2.陶冶的価値:合理的な思考方法・思考態度の育成に役立つ。 3.文化的価値:数学は最も古く,いまも発展している文化である。 4.社会的価値:数学は言語同様,有用な社会的交流の手段である。

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決したり,新たな定理や解決法を発見したり,そ

の考え方のよさがある。このよさを生徒が感得す

ることも,数学の学習指導において重要なことで

あり,生徒は数学的活動を通して,このよさを感

得していくのである。また,数学的活動を行う中

で,生徒は数学や数学的活動に対して,面白さ,

不思議さ,達成感,知的充足感等の魅力を感じる

ことができる。これらは,情意面におけるよさとし

て捉えられ,生徒が数学のよさを感得するためには,学習内容を論理

的に理解するだけではなく,数学的活動を通して,この情意面におけ

るよさを感じる体験が必要である。これらのよさは,表5に示すような生徒の言葉によって表現

されるものであり,生徒の主体的な数学的活動において,このような生徒の言葉を引き出すよう

な授業の工夫改善が必要であると考える。数学的活動において見られる「数学的な考え方のよさ」

と「情意面におけるよさ」を数学的活動におけるよさとしてまとめる(表6)。

(2) 数学のよさの感得と理解

数学のよさの感得には,生徒自身の

中から数学のよさに対する気づきや感

動を引き出す必要がある。そのために

は,生徒自身が数学的活動を主体的に

体験することが重要であり,教師や他

者の数学的活動を提示されるだけでは,十分によさを感得することはできない。古藤怜(1995)は,

「数学の真の理解は,一人一人の学習者が意欲的に課題に取り組み,体験することによって達成され

る。」と主張し,数学上の概念の意味や解決法の意義を直接体験することを重視する立場から,Do

Math(創る数学)の指導法を提唱した。古藤は生徒の理解の深まりの様相を表7で示すような3H

で捉えることができ,生徒の理解を①,②の段階に止めておいたのでは,学習内容は単なる数学ク

イズに終始することになり,その価値は少ないと主張している。価値ある③の段階を達成するには,

つまり,数学のよさを感得するには,学習内容を論理的に理解するだけでなく,「なるほど」,「面白

い」,「すごい」等の言葉で表される気づきや感動の体験が必要であると考える。つまり,前述した数

学的活動におけるよさの体験が必要であり,その体験の積み重ねがよさの感得に繋がるのである。

数学のよさの感得とは,情意面の体験を伴うより豊かな HHHHeartで分かる段階の理解だと考える。

3 数学教育における数学史

(1) 数学教育における数学史の役割

塚原久美子(2002)は,数学教育における数

学史の役割が表8の五つに大別されるとして

いる。このうち,2~5は学習者に直接関わ

ることである。その中でも,塚原は5の役割

を強く主張している。「数学をヒューマナイズ

する」ことについて,塚原は,「数学学習に

人間の知的精神活動のありさまを組み込むこ

とを,数学学習において数学を“ヒューマナイ

ズ”するという。」と定義している。さらに,「“ヒューマナイズ”するとは,もともとあるものを画

一的に捉えるのではなく,人間味のあるものにするという意味である。『数学的真理の絶対性及び分

析的理性と数学的演繹』の背後には,生身の人間たちの遅々たる努力があり,その豊かな人間の知的

活動の再現こそが数学学習において数学に人間味を持たせるものと考える。」と述べている。この中

で述べられている「『数学的真理の絶対性及び分析的理性と数学的演繹』」とは,教科書のように演

繹的に整然と記述された定義・定理・証明等と捉えることができ,「豊かな人間の知的活動」こそ,

人間味溢れる数学的活動と捉えることができる。そして,その数学的活動を学習の場において再現

できる役割が数学史にはあるということを主張している。この主張は,数学史を活用し生徒の数学

的活動を促すという本研究で主張するところでもある。また, 塚原は数学をヒューマナイズするこ

とに関して,「数学学習において数学に人間的な側面を与えることは,数学の学習に情意的な要素を

・数学的な考え方のよさ

・情意面におけるよさ

表6 数学的活動におけるよさ

① H H H Hand で分かる段階:いわゆる道具的な理解の場合 (概念の意味や技能に関する処理方式などを形式的に知る段階) ② H H H Head で分かる段階:いわゆる関係的な理解の場合 (ことがらが成立する論理的な理由を理解する段階) ③ H H H Heart で分かる段階:それらの「よさ」が感得される場合

表7 3HHHHで捉える生徒の理解(古藤)

表8 数学教育における数学史の役割(塚原)

1.教師教養として,教師が指導内容についての深い理解と

洞察,及び指導法と評価についての示唆を得ること

2.学習者が人類の知的文化遺産を学び,一つの文化として

の数学のよさを感得すること

3.学習者が数学学習において理解を深めること

4.授業に数学史を導入することによって,学習者が数学を

評価できるということ

5.数学史は数学をヒューマナイズする,あるいは数学に人

間的な側面を与えるということ

表5 情意面におけるよさの表現

○驚いた ○感動した ○びっくりした

○すごい ○興味がわいた ○もっと知りたい

○面白かった ○楽しかった ○やる気が出た

○関心がわいた○不思議だ ○気づいた

○発見した ○納得した ○分かった

○なるほど ○素晴らしい ○味わえた

○感心した ○実感した

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図2 教材化のイメージ図

数学史的

・混乱

・理解の阻害 演繹的

・退屈な学習

・よさが感得

されない

教 材

教材化の視点

・既習内容 ・生徒の実態 ・学習の目標 ・活用方法

取り入れることでもある。」と,数学的活動において,人間の感じる面白さや達成感,葛藤や混乱な

どの情意的要素を取り入れることについても言及している。そして,「数学史は,数学の形成におけ

る人間の知的精神活動をありのままに伝えるための媒体であるとともに,人間が生み出す数学的な

考え方の宝庫としての役割を持つ。」と数学教育における数学史の価値を主張している。この主張

は,数学史の題材を活用し,生徒の人間味溢れる数学的活動を促す授業の工夫改善を図る本研究の

主張と一致するものである。学習において数学をヒューマナイズする,つまり,数学的活動を取り

入れた学習指導の実際については後述する。また,塚原は,2~5までの役割間の関係については

言及していないが,数学学習において数学をヒューマナイズすることによって,2~4の役割がよ

り効果的に達成されるものと考える。

(2) 学習指導における数学史の活用方法

学習指導における数学史の活用方法は,その

目的に応じていくつかの方法を考えることがで

きるが,塚原は,これまでの先行研究に示され

た数学史の活用方法が表9で示す①~⑥に要約

できるとしている。本研究の授業実践では,①

を基本にしながら,②⑤⑥の方法を用いる。

(3) 数学史の題材の教材化

教科書では,学習内容が演繹的に整然と記述さ

れている。そのような記述に沿って学習を進めれ

ば,学習内容を論理的には理解できる。しかし,

そのような学習だけでは,生徒は退屈してしまい,

学習内容のより豊かな理解と数学のよさの感得を

実現することは難しいと考える。そこで,人間の

知的精神活動や文化的価値を豊かに含む数学史の題材を活用するのである。その際,題材を,いか

なる教材として生徒に提示するかということは極めて重要であり,その教材化は,慎重に十分検討

する必要がある。数学史の流れと教科書の学習内容の配列とは必ずしも一致していない。また,数

学の概念や定理は,教科書の記述に見られるように,演繹的に発展してきたものではない。様々な

時代における,多くの人々の試行錯誤や混乱を経て発展してきたものである。そのため,数学史に

あまりに忠実(数学史的)な教材を生徒に提示した場合,生徒に大きな混乱を生じさせ,学習内容

の理解を阻害する可能性がある(図2)。したがって,題材の価値を残しつつも既習内容や生徒の実

態等を考慮し,学習の目標が達成されるように適切に教材化することが必要である。

Ⅲ 指導の実際 適切に教材化された数学史の題材を活用すれば,生徒の数学的活動を促

すことができる。そして,生徒がその教材や数学的活動に含まれる数学の

よさを味わうことによって,気づきや感動が生まれるのである(図3)。実

際の学習指導においては,適切な場面で,生徒が自分の活動や学習内容を

振り返ったり,他の生徒の考えや感想を共有する活動を取り入れて,数学

のよさを味わい,気づきや感動を確認することがよさの感得には有効であ

ると考える。また,生徒の気づきや感動を引き出すには,視聴覚機器等を

効果的に用いた教材の提示も重要であり,本研究における授業実践では,

主にパワーポイントを用いた教材の提示を行った。これらのことに留意し,

以下に示す授業の工夫改善を行った。

1 単元名 「 図形と計量 三角比」

2 教材の歴史背景

三角比の起源は,古代エジプトやギリシアの測量学,天文学の三角法に見られる。その後,イン

ドやアラビアで発展し,ヨーロッパに伝わる。18 世紀の著名な数学者オイラー(Euler,スイス,

1707~1783)の手によって,三角関数として整えられ,その後,一般に使用されるようになった。

3 単元の指導目標

(1) 鋭角の三角比から鈍角の三角比を導入し,その定義を理解できるようにする。

①歴史を圧縮してたどる. ②単元にはいる前の導入や,その時々に応じてトピック

スとしての歴史教材の提示を行う. ③数学史に関する本の購読及びレポートの作成を行う. ④数学史教材に関するプロジェクト活動を行う. ⑤学習者に発見的な学習をさせる. ⑥学習者の討論を取り入れる.

表9 数学史の活用方法(塚原)

図3 授業における生徒の

イメージ図

味わう

数学的 活動

教 材

数学的内容

歴史的内容

生 徒

気づき 感動

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(2) 三角比の相互関係や基本的な公式を理解し,活用できるようにする。

(3) 三角比の歴史的内容の理解や数学的活動を通して,数学のよさを感得させ,具体的な事象の考察

に三角比の考えを活用できるようにする。

4 単元の評価規準 ア.関心・意欲・態度 イ.数学的な見方や考え方 ウ.表現・処理 エ.知識・理解

①三角比の歴史に興味を持 ち,理解しようとする。

②三角比の基本的な性質や 公式に関心をもち,図や 表を用いて調べようとす る。

③三角比のよさを感得し, 具体的事象等の考察に用 いようとする。

①三角比の定義や基本的な 性質,公式を考察するこ とができる。

②鈍角まで拡張した三角比 の定義を考察することが できる。

③具体的事象等において三 角比を活用できる。

①三角比の記号を用いた表現 ができる。

②三角比の基本的な公式を用 いて適当な式変形ができる。

③基本的な三角方程式を解く ことができる。

①直角三角形における鋭角 の三角比の定義を理解し ている。

②鈍角に拡張された三角比 の定義を理解している。

③三角比の基本的な性質や 公式を身に付けている。

5 指導計画(全14時間) 時 主 題 学 習 活 動 評価規準 評価方法

1 本 時

鋭角の正接( θtan )

*数学史の活用*古代エジプト「リンド・パピルス」の問題 ①課題解決を通し,正接を定義する. ②直角三角形の図から,正接と角の対応を捉える.

ア①,ウ①

観察 ワークシート 発表

2 正接の活用 ①三角比の表を用い,正接の値と角の対応を捉える. ②測量等の具体的事象の課題解決を行う.

エ① 観察 発表

3 鋭角の正弦( θsin ), 余弦( θcos )

*数学史の活用*古代ギリシア,インドの天文学 ①課題解決を通し,正弦・余弦を定義する. ②直角三角形の図から,正弦・余弦と角の対応を捉える.

ア①,ウ① 観察 ワークシート 発表

4 正弦,余弦の活用 ①三角比の表を用い,正弦・余弦の値と角の対応を捉える. ②測量等の具体的事象の課題解決を行う.

エ① 観察 発表

5 鋭角の三角比の相互関係 ①図形の性質から三角比の相互関係を考察し,まとめる. ②三角比の相互関係を用い,三角比の一つの値から他の二

つの値を求める課題を解く. ア②,イ①

観察 発表

6 余角( θ−°90 )の三角比 *数学史の活用*余弦の記号の由来 ①直角三角形の図から余角の三角比を考察し,まとめる. ②余角の三角比を活用する課題解決を行う.

イ①,ウ② 観察 ワークシート 発表

7 鈍角の三角比の定義 *数学史の活用*オイラーの三角比の拡張 ①三角比を鋭角から鈍角にまで拡張して定義する。 ②定義に関する課題解決を行い,まとめる.

イ②

観察 ワークシート 発表

8 鈍角の三角比の性質 ①鈍角の三角比の性質を調べ,まとめる.

エ② 観察 ワークシート 発表

9 補角( θ−°180 )の三角比 正弦,余弦の三角方程式

①補角の三角比の性質を考察し,まとめる. ②補角の三角比を用いる課題解決を行う. ③正弦,余弦の基本的な三角方程式を解く.

イ②,ウ③ 観察 発表

10 正接の三角方程式 ①正接の基本的な三角方程式を解く. ②発展的な三角方程式を解く.

ウ③ 観察 発表

11 三角比の相互関係 ①三角比の相互関係を考察し,まとめる. ②三角比の相互関係を用いる課題解決を行う.

イ② 観察 発表

12 直線の傾きと正接 *数学史の活用*古代エジプト「リンド・パピルス」の問題 ①直線の傾きと正接の関係について考察し,まとめる. ②まとめた性質を用いる課題解決を行う.

イ③ 観察 発表

13 三角比の活用 *数学史の活用*和算における測量問題 ①和算の測量問題に関する課題解決を行う. ア③

観察 ワークシート 発表

14 問題演習 ①様々な問題演習を行う.

イ③,エ③ 観察 発表

6 本時の学習指導(1/14時)

(1) 主題 「鋭角の正接(tanθ)」

(2) 指導目標

G:古代エジプトにおけるリンド・パピルスの問題を通して,直角三角形における正接の定義

を理解させ,直角三角形の図において,正接と角の対応を捉えることができるようにする。

(3) 目標行動

G1:古代エジプトにおけるセゲドの問題を通して,直角三角形における正接の定義を理解する。

G2:辺の長さが与えられた直角三角形の図から正接の値を求めることができる。

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(4) 下位目標行動

①R相似な三角形の辺の比が一定であることが理解で

きる。

② 直角三角形の二辺の長さの比を用いて,角の大き

さ(傾き)を表せることが理解できる。

③ 直角三角形の図を用いて,30°,45°,60°の正接

の値を求めることができる。

上に示した下位目標行動の形成相関を図4に示す。

(5) 本時の授業展開

学 習 活 動 留 意 点 評価の観点と方法

目標行動

導 入 5 分

●パワーポイントのスライドによる古代エジプトのリンド・パピル

スの説明を聞く.

○生徒の発言を引き出し

ながら説明する。

展開 45分

●リンド・パピルスにおける「問題 56 セゲドの問題」の説明を聞き, 提示された課題を確認する。

●各自で課題解決に取り組む。 ●ワークシートに自分の考えを

書き込む。 ●四人一組のグループで課題解決に取り組む。

○ワークシートを配布す

る。 ○机間指導で生徒の取り

組み状況を把握する。 ○席を向かい合わせる。 ○机間指導で各グループ

の取り組み状況を把握する。

○活発でないグループに声かけを行う。

ア① 観察 ワークシート

古代エジプト文明((((紀元前紀元前紀元前紀元前3000300030003000年頃年頃年頃年頃~~~~紀元前紀元前紀元前紀元前30303030年年年年))))

スライド①

『リンド・パピルス』(大英博物館所蔵)

紀元前1800年後頃(古代エジプト)の数学問題集

(87個の例題・解説から成る)

1858年にイギリス人のヘンリー・リンドがエジプト調査から持ち帰った古文書

スライド②

問題56 セゲドの問題

底面の一辺が360キュービット,高さが250キュービットのピラミッドの計算問題.汝は私にそのセゲドを知らせよ.

スライド③

〔〔〔〔キュービットキュービットキュービットキュービット〕〕〕〕 ・・・長さの単位.1キュービットは約52cm

〔〔〔〔セゲドセゲドセゲドセゲド〕〕〕〕ピラミッドの斜面の傾きを表わす値

360360360360

250250250250

スライド④

250250250250

360360360360180180180180

250250250250

αααα

当時のエジプトには,角度という概念が存在しなかった。どのように傾き(角の大きさ)を表わしたのだろうか?

スライド⑤

180180180180

250250250250

260260260260

200200200200

次の二つの直角三角形において角αとβの大きさを比べてみよう

αααα

ββββ

スライド⑥〔課題〕

図4 下位目標行動形成相関図

①R ③ G1 G2 G

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表 11 自己評価での回答選択肢

3-そう思う 2-どちらかと言えばそう思う 1-どちらかと言えばそう思わない 0-そう思わない

●いくつかのグループの代表者が解決方法を発表し,解決方法を全体で共有する。

●解決例(正接の考え)を確認

し,傾き(角の大きさ)を表 す値として正接を導入する

●正接の定義を確認する。 ●例1を確認する。 ●補足問題(30°,45°,60°の正接)を解く。(教科書 P.109) ●練習1を解いて,解答を確認する。

○発表したグループが達成感を味わえるような雰囲気を作る。

○机を元の形態に戻すよ

う指示し,パワーポイントを用いて解説する。

○パワーポイントで定義

を確認し,教科書でも確認させる。

○生徒に答えさせながら,

黒板で解説する。 ○黒板で生徒に解答させ

る。 ○黒板で生徒に解答させ

る。

ウ① 観察 発表

①R

② G1

G2

まとめ 5分

●正接の定義を確認する。 ●自己評価を記入する。 ●次時の予告を確認する。

○自己評価表を配布する。

7 仮説の検証

授業の工夫改善を行ったクラスの生徒全

員 39 名を対象に,表 10に示す三回の調査

を行った。各調査は,自分の考えや感想に

最も合う選択肢を選ぶ選択形式と自分の考

えや感想を自由に記述する自由記述形式で行った。選択形式の選

択肢は,表11に示すように,積極的・肯定的な回答から消極的・

否定的な回答までを,3~0とする四段階の選択肢を設定した。

また,事後調査では,アンケートと鋭角の三角比の定義に関する

確認小テストを,数学史を活用したクラスを含む一年理数科全三クラスで実施した。

【正接の定義】(教科書 P.109) 右の図の直角三角形において

b

atan =α

b

a

α

(正接の考え)

水平方向の単位距離に対す

る鉛直方向の高度距離の比

で角の大きさ(傾き)を表

すことができる.

180180180180

250250250250

260260260260

200200200200

1111

0000....77777777

次の二つの直角三角形において角αとβの大きさを比べてみよう

αααα tanαααα====1.38

tanββββ====0.77ββββ

1111

1111....38383838

スライド⑦

【例1】右の図の直角三角形ABCにおいて

12

5

AC

BCtan ==α

5

12

BC

ACtan ==β

5

12

B

A C α

13 β

表 10 実施した調査

事前調査・・・単元に入る直前に実施したアンケート

授業後調査・・・検証授業1時間目終了直後に実施したアンケート

事後調査・・・単元終了直後に実施したアンケート,確認小テスト

【練習1】(教科書 P.109)

右の図の直角三角形ABCについて,

αtan , βtan の値を求めよ。 3

A B

C

4

5

α β

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(1) 学習内容の理解に関する検証

学習内容の理解の深化は,数学のよさの感得につながる重要なことである。この単元で最も基本

的な学習内容である鋭角の三角比の定義に関する生徒の理解について考察する。

① 授業後調査結果の考察

検証授業1時間目の指導目標は,直

角三角形における正接(tanθ)の定義

を理解させ,直角三角形の図を用いて

正接と角の対応を捉えることができる

ようにすることである。そこで,正接

の考え方の理解に関する授業後調査の

結果を表12に示す。二つの質問事項に

対して,生徒 39名中 38 名が積極的・

肯定的な回答(回答選択肢の3または

2)をしており,指導目標が達成でき

たものと考えられる。また,自由記述

形式の回答でも,学習内容の理解に授

業の工夫改善が有効であると考えられるような記述が見られた(表 13)。

② 事後調査結果の考察

事後調査における,鋭角の三角比の定義に関する確認小テストの

結果を表 14に示す。理数科全三クラスのうち,数学史を活用したク

ラスの結果と他二クラスの結果の平均とを比較し,考察する。この

結果から,どのクラスでも,生徒 39名中 38 名が直角三角形における三角比の定義を用いて,三

角比の値を求めることができると回答している。各クラスの生徒間に差はないと考えられるが,

図5①に示す三角比の考え方の理解に関する調査結果には差が見られる。この結果が示すように,

数学史を活用したクラスでは三角比の考え方が理解できたという意識を持っている生徒が多い。

②の調査結果と合わせて考えると,これは,授業の工夫改善によって,生徒が三角比の定義をそ

の歴史的背景や利用された具体例などと結び付けて理解することで,より理解が深化したためと

考えられる。 また,

表15に示すように,

自由記述の回答に

も授業の工夫改善

が,学習内容の理

解の深化に有効で

あったと考えられ

る記述がみられた。

(2) 情意面に関する検証

数学のよさの感得には,生徒からよさに対する気づきや感動を引き出すことが必要である。情意

面に関して,授業の工夫改善の有効性について授業後調査と事後調査の結果から考察する。

① 授業後調査結果の考察

表 16 に示す結果から,工夫改善を行った授業において,ほとんどの生徒から発見や気づき,

表 12 正接(tanθ)の考え方の理解に関する授業後調査の結果 回答選択肢

質 問 事 項 3 2 1 0

正接(tanθ)の考え方が理解できた。 30 人 8 人 1 人 0 人 直角三角形の辺の長さから正接を求めることができる。

33 人 6 人 0 人 0 人

3そう思う 2どちらかと言えばそう思う 1どちらかと言えばそう思わない 0そう思わない

表 14 確認小テストの結果 クラス 正答 誤答

他クラス平均 38 人 1 人 数学史クラス 38 人 1 人

○正接の意味も理解できたし,楽しかったです。 ○考えの原点から授業に入ったので分かりやすかったです。 ○正接の考えを用いてなぜこの角が大きいか分かった。 ○なぜ,正接の考えが出てきたのかを知ることができ,問題に活

用しやすかった。 ○なぜこうなるのかをゆっくり考える事ができたので,ちゃんと

定義が頭に入ってきて良かったです。

表 13 授業後調査での自由記述回答(抜粋)

そう思う どちらかと言えばそう思う どちらかと言えばそう思わない そう思わない

①三角比の考え方が理解できた。 ②三角比の考えが生まれた背景が分かった。

30

9

9

20 7 3

0 5 10 15 20 25 30 35

数学史クラス

他クラス平均

人数

28

14.5

10

21.5

1

21

0 5 10 15 20 25 30 35

数学史クラス

他クラス平均

人数

図5 理解に関する事後調査結果

○「数学ってスゲェー。」と思った。日本語で数学をするのは大変だった。今までに,ただ覚えていた公式が,その成り立ちなどを学びながら頭に入れたので,ただ覚えるよりも,楽しく覚えられたし,頭に残っている。

○タンジェントやコサイン・サインがどんな成り立ちで生まれたのか,ということから知ることができたから,問題を解いている時もそれが役に立った。わかりやすかった。

○ただ,問題を解いていくよりもずっと数学について,興味を持つことができました。また,問題の発祥を知ることによって,いったいどういう場面でその考え方が役に立つかが分かりました。

○いつもは,ただ,公式の紹介があって,それを覚えたり,問題で使ったりするだけだったけど,どうやって生まれたのかとか,背景とか知れて分かりやすかった!です。いろんな人が出てきたので楽しかったです。

表 15 事後調査における学習内容の理解に関する自由記述回答(抜粋)

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表 17 情意面を表した自由記述回答(抜粋)

○古代エジプトで作られた問題を見たとき,数学はこんなに昔から考えられていたのかとびっくりした。

○一つの問題を解くのに,いろいろな考え方があるなぁと思った。数学はすごい!

○グラフで考え,傾きが大きいほど角度が大きいという考えが驚きだった。

○数学はどの単元もつながっていると分かり,驚きました。数学の歴史なども分かり,とても楽しい授業でした。考えることで感じる楽しさがあったと思います。

○おもしろい授業だったので,とても良かった。昔の人でも考え方はスゴイと思いました。ピラミッドの辺が平行になっていることを知った時は,感動しました。

表 18 興味や関心,驚きや感動を 表現した回答数

興味や関心を表現した回答・・・26

驚きや感動を表現した回答・・・22

どちらの表現もあった回答・・・12

どちらも無かった回答・・・3(無記入 1)

表 20 授業での数学のよさを味わう場面に関する回答結果

回答選択肢 質 問 事 項 前・後

3 2 1 0

事前 4人 12人 15人 8人 数学は古くからの人間の文化であるこ

とを味わえる場面がある。 事後 31人 7人 1人 0人

事前 10人 12人 12人 5人 数学は生活に役立つことを味わえる場面がある。 事後 23人 12人 3人 1人

事前 5人 16人 13人 5人 数学は科学の発展に役立つことを味わえる場面がある。 事後 18人 17人 4人 0人

事前 17人 12人 9人 1人 数学を用いると課題が能率よく処理で

きることを味わう場面がある。 事後 20人 16人 3人 0人

事前 13人 13人 11人 2人 式や記号などを用いた数学の表現の簡潔さを味わえる場面がある。 事後 29人 8人 2人 0人

事前 3人 9人 17人 10人 数学は言語同様,社会で役に立つ交流の

手段であることを味わえる場面がある。 事後 16人 16人 7人 0人

事前 12人 18人 7人 2人 数学は合理的な思考方法・態度を養うことに役立つことを味わえる場面がある。 事後 22人 12人 5人 0人

驚きや感動を引き出せたことが分か

る。さらに,それらが何に対する発

見や気づき,驚きや感動だったのか

は,表 17 に示した自由記述回答の内

容に示される。これらの回答から分

かるように,発見や気づき,驚きや感動が引

き出される対象や場面は,個人によって異な

る。工夫改善を行った授業では,学習内容だ

けでなく,それに関わる人間の営みや社会背

景等の多くの側面を合わせて,生徒は学習を

展開する。そこで,生徒は多くの側面を味わ

い,個人の価値や考え方に合った対象や場面

において発見や気づき,驚きや感動が引き出

されたと考える。

② 事後調査結果の考察

事後調査の自由記述回答でも,興味や関心,驚きや感動

等の情意面を表現した回答が多く見られた。その結果を表

18,19 に示す。この単元において,ほとんどの生徒から興

味や関心,驚きや感動等の情意面での要素を引き出すこと

ができた。また,どちらの表現も無かった回答は三つで,

うち一つは無回答であった。どちらの表現も無かった二つ

の回答は,数学の有用性や学習内容の理解に対する肯定的な回答であった。

(3) 数学のよさを味わう場面設定に関する検証

数学のよさを感得するためには,よさを感じ,考える場面,つまりよさを味わう場面が必要であ

る。そこで,事前調査では,以前に受けてきた数学の授業の中で,数学のよさを味わう場面があっ

たかどうかを生徒に評価してもらい,

事後調査ではこの単元においてよさ

を味わう場面があったかどうかを評

価してもらった。 数学のよさには様

々なものがあるが,この調査では,

本単元において,感得されるであろ

うと期待できるよさについて調査し

た。表 20に示す結果では,どのよさ

に関しても,事後調査の方が,より

積極的・肯定的な回答をした生徒数

が多くなっている。数学史を活用し

た授業では,具体的な人間の営みや

社会的背景と学習内容を結び付けて

学習を行うため,より効果的に数学

のよさを味わう場面を設定すること

ができると考える。また,様々な価値観や考え方を持つ生徒

達が,どのようなよさを積極的に評価するかは,個人によって様々である。そのような生徒達に対

し,工夫改善した授業では多様な数学のよさを味わう場面を設定することができ,その結果,生徒

一人ひとりが価値観や考え方に合った数学のよさを積極的に味わうことができたと考えられる。

表 19 興味や関心,驚きや発見を表現した自由記述回答(抜粋)

○数学史をやりながらだと楽しく,やる気が出た。スゴイって思う所もいっぱいあったのでもっと学んでみたいです。

○普通の授業をするだけでは退屈で,数学史を活用することで,学習内容に興味が出てきて楽しくなる。

○問題や公式以外のことも学べて楽しかったです,公式や考え方がどういう風に出来たかを知ることができたので良か

ったです。昔の人も今と変わらない問題を解いていたのでとても驚き“数学”はスゴイなぁと感じました。

○数学の背景などが見えてきて,とても楽しく勉強できた。昔の人達の発想や努力のすごさにとても感動しました。

表 16 情意面に関する授業後調査の結果 回答選択肢

質 問 事 項 3 2 1 0

発見や気づきが生まれる場面があった。 33 人 5 人 1 人 0 人 驚きや感動が生まれる場面があった。 31 人 5 人 3 人 0 人 3そう思う 2どちらかと言えばそう思う 1どちらかと言えばそう思わない 0そう思わない

3:そう思う 2:どちらかと言えばそう思う 1:どちらかと言えばそう思わない 0:そう思わない

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表 21 数学観の変容①

回答選択肢 質 問 事 項 前・後

3 2 1 0

事前 12人 14人 11人 2人 数学は古くからの人間の文化である。 事後 34人 4人 1人 0人

事前 11人 13人 13人 2人 数学は生活に役立つ。

事後 19人 16人 3人 1人

事前 17人 18人 4人 0人 数学は科学の発展に役立つ。

事後 28人 9人 2人 0人

事前 9人 22人 7人 1人 数学を用いると課題が能率

よく処理できる。 事後 25人 11人 3人 0人

事前 11人 17人 9人 2人 式や記号などを用いた数学の表現の簡潔である。 事後 30人 8人 1人 0人

事前 4人 9人 20人 6人 数学は言語同様,社会で役に立つ交流の手段である。 事後 33人 6人 0人 0人

事前 13人 15人 10人 1人 数学は合理的な思考方法・態度を養うことに役立つ。 事後 26人 12人 1人 0人

3:そう思う 2:どちらかと言えばそう思う 1:どちらかと言えばそう思わない 0:そう思わない

(4) 生徒の数学観の変容に関する検証

調査結果のこれまでの考察から,生徒達は

発見や気づき,驚きや感動等を伴いながら数

学のよさを味わうことができた。つまり,数

学のよさが感得できたと考えられる。よさが

感得されれば,生徒の数学や数学の学習に対

する考え方や見方(数学観)は積極的・肯定

的なものへと変容しているはずである。数学

観に関する事前調査と事後調査の結果を以下

に考察する。まず,この単元で感得されるで

あろうと期待できる数学のよさに関する調査

結果を表21に示す。事後調査において,数学

のよさに対して積極的・肯定的な回答をして

いる生徒が増加していることが分かる。これ

らの数学のよさに関する数学観の変容から,数学の学習に

対する評価や発展的な学習への意欲の高まりが期待できる。そのような数学観の変容を示す調査結

果が得られた(図6)。

ⅣⅣⅣⅣ まとめとまとめとまとめとまとめと今後今後今後今後のののの課題課題課題課題 本研究は,「数学のよさを感得させる」ために,「数学史」を活用することで,生徒の「数学的活動」を促

し,生徒の気づきや感動を引き出す授業の工夫改善について研究を進めてきた。その成果と課題をまと

める。

1 成果

(1) 主体的な数学的活動を通して,生徒は学習内容とその歴史的背景や利用された具体例を結びつけ

て理解することができ,学習内容についての理解の深化に有効であった。

(2) 多様な価値観や考え方をもつ生徒に対して,より多様な数学のよさを味わう場面を設定すること

ができ,生徒から気づきや感動を引き出すことに有効であった。つまり,数学のよさの感得に有効

であった。

(3) 生徒の数学観をより積極的・肯定的に変容させることができた。

2 課題

(1) 本研究の授業実践において,標準単位時間を3時間越えてしまったので,標準時間内で終えるた

めの教材の整理と指導の工夫改善が必要である。

(2) 他の単元における数学史を活用した教材の開発整理と,その有効性についての検証が必要である。

(3) より充実した生徒の数学的活動を促す教材の開発整理と指導の工夫改善が必要である。

〈主な参考文献〉

塚原久美子 2002 『数学史をどう教えるか』 東洋書店

根元博 1999 『数学的活動と反省的経験』 東洋館出版社

古藤怜 1995 『学校数学の改善 Do Math の指導と学習』 東洋館出版社

図6 数学観の変容②

29

17

9

14

1

8

0 5 10 15 20 25 30 35

人数

23

7

12

17

4

10 5

0 5 10 15 20 25 30 35

人数

22

11

13

17

4

9 2

0 5 10 15 20 25 30 35

人数

そう思う どちらかと言えばそう思う どちらかと言えばそう思わない そう思わない

数学で学ぶ内容には価値がある。 数学を学ぶことは大切だ。教科書の内容以外の数学も学んでみたい。