連載講座 メスバウアースペクトロメトリーの基礎...

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Reprinted from RADIOISOTOPES, Vol.62, No.1 January 2013 メスバウアースペクトロメトリーの基礎と応用 メスバウアースペクトロメトリーの 基礎と応用―現状と展開(序説)― 野村貴美 連載講座

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Reprinted fromRADIOISOTOPES, Vol.62, No.1

January 2013

メスバウアースペクトロメトリーの基礎と応用

メスバウアースペクトロメトリーの基礎と応用―現状と展開(序説)―野村貴美

連載講座

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1. は じ め に

1958年にドイツの大学院学生だったRudolf

Mo..ssbauer は,いわゆるメスバウアー効果を

発見し,1961年度のノーベル物理学賞に輝い

た。これから半世紀が過ぎ,メスバウアースペ

クトルの測定は γ 線分光法の一つとして定着してきている。メスバウアー核種の代表的な57Fe が見つかってからは飛躍的に57Co 線源を用

いたスペクトル測定の応用研究が始まり,いま

なお盛んに進められている。もっぱら単一エネ

ルギー γ 線の原子核の共鳴吸収によるスペクトル測定なので分光というよりスペクトロメト

リーということばをここでは用いる。γ 線のドップラー効果を用いたスペクトロメトリーは,

物質・材料に含まれるメスバウアー核がその周

りの核外電子との相互作用によってそのスペク

トルに超微細構造が現れるために新しい機能性

物質の分子,原子レベルでの機能発現の解明に

用いられている。ただ,初めて使用する人にとっ

ては,放射性同位体の γ 線線源を使用するため,また複雑に変化するメスバウアースペクト

ルの解析や解釈が難しく,取りかかりにくい測

定法と感じるようである。このシリーズでは,

最近の研究を紹介しながら興味や関心を抱く学

生や研究者にその魅力を紹介する。この講座は,

各分野の専門家による解説シリーズであり,そ

の分野のレビューとしても役立つものと期待さ

れる。

2. メスバウアー研究の変遷

メスバウアー効果が発見されてから1965年

までのデータは,Mo..ssbauer Effect Data Index

としてA. H. Muir, K. J. Ando, H. M. Coogan に

よってWilley から出版されてきた。その後も

データブックが発行されてきたが,データの保

存の重要性があらたに叫ばれて,1979年に米

国のノースカロライナ大学 John Steven 氏がメ

スバウアーデータセンター(Mo..ssbauer Effect

Data Center : MEDC)を開設した。約30年間

継続してきたが,大学のサポートが得られなく

なり,数年前からデータセンターの移設先を探

していた。中国大連の化学物理研究所所長の

Tao Jang 教授と Juhu Wang 教授(日本で学位

メスバウアー効果の基礎と最近の応用研究の動向を紹介した。

メスバウアー効果の原理と測定法,メスバウアースペクトルから得られるパラメーターを解説し

た。また,核共鳴前方散乱及び非弾性散乱のための放射光の単色化ビームの特徴をメスバウアーRI

線源と比較した。さらに,加速器インビームメスバウアー測定法を紹介した。国際会議の研究から

最近の研究動向を述べた。

KeyWords:Mo..ssbauer effect, spectroscopy, radioisotope, nuclear scattering

連載講座

メスバウアースペクトロメトリーの基礎と応用

メスバウアースペクトロメトリーの基礎と応用―現状と展開(序説)―

野村貴美

東京大学大学院工学系研究科

113-8656 東京都文京区本郷7-3-1

RADIOISOTOPES,62,53‐60(2013)

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を取得)が引き継ぐことになり,約1年の移設

準備期間後の2010年6月に開設を祝うシンポ

ジウムが開催され,7月から中国大連でMEDC

が再開した。

メスバウアーパラメーターのデータベースの

構築によってMEDCは,世界中のメスバウ

アー研究グループのコアになり,今もMo..ss-

bauer の論文や刊行物を収集している。物質・

化合物に含まれるメスバウアー共鳴核種

(57Fe,119Sn,197Au,151Eu,121Sb,125Te など)

の異性体シフト,四極子分裂,内部磁場のパラ

メーターは,ハンドブックやマイクロデータ

ベースなどに編集されてきた。中でもほとんど

全ての鉱物のパラメーターを掲載した

Mo..ssbauer Mineral Handbook は,研究者に有

益でよく利用されている。他のハンドブックに

は,例えば,生体物質,薄膜,非晶質などの特

定の分野について刊行されたものがある。最近

の研究では,ナノ結晶粒子,ナノ磁性体,リチ

ウムイオンバッテリーなど時代の趨勢に応じて

多くのトピックスがある。中でもホットな話題

として数年前に発見された,鉄を含む酸化物超

伝導体への研究がある。また,集積型金属錯体

などにおいて鉄の高スピンや低スピンの解析に

はメスバウアースペクトロメトリーが欠かせな

いものになり,論文数は増加している。

なお,メスバウアーに関連する論文が100報

を超えるとその研究者は,MEDCのメスバウ

アーセンチュリークラブに登録される。

3. メスバウアー効果の原理と測定1),2)

3・1 原理

メスバウアースペクトロメトリーは,無反跳

原子核の γ 線核共鳴事象に基づく分光法で,試料中の共鳴原子核をプローブとする状態分析

法の一つである。メスバウアースペクトルから

固体物質・材料の電子状態に関する情報(共鳴

核と核外電子との相互作用から原子価状態,核

四極子と電場勾配との相互作用から配位構造,

核磁気双極子の磁場との相互作用から内部磁

場)や格子力学的情報(無反跳分率,デバイ温

度,ファノン状態密度)を引き出すことができ

る。複雑な系でも特定の核共鳴原子をプローブ

にして金属,固体物質・材料の物性と機能を把

握することができるユニークな状態分析法とい

える。

γ 線の放射と吸収は,原子核のエネルギー準位間の遷移によるが,それらの準位は,核の周

辺に分布する電子によって敏感に影響を受ける。

つまり,核の基底,励起のエネルギー準位は,

その核が置かれている化学的環境によって変わ

る。そのエネルギー変化量は,10-8eVと非常

に小さく,反跳エネルギーがこれより大きいた

め,線源からの γ 線の共鳴吸収を起こすにはエネルギーが不足する。それゆえ,線源や試料

を低温にして原子の反跳を抑え,核準位の差エ

ネルギーは線源のドップラー効果(その速度;

∆v)によって γ 線のエネルギー(E)に不足エネルギー(∆E=E・(∆v/c))を補い,そのドッ

プラー運動に同期させて試料を透過する γ 線の強度を計測する。

3・2 メスバウアースペクトルのパラメー

ター3)

主なメスバウアー核種は,表1のとおりであ

る。もっともポピュラーなメスバウアー核種は,

天然存在比2.19%の57Fe である。この線源に

は,共鳴 γ 線エネルギーの幅が小さいRh又はCr マトリックスの57Co 線源がよく使用される。57Fe メスバウアースペクトルの測定を例として

図1及び図2に利用される線源の壊変図とメス

バウアー核のエネルギー準位の図をそれぞれ示

した。

核スピン I=1/2以上のとき磁気双極子が内

部磁場と磁気的相互作用し,6本ピークになる

(磁気分裂)。核の四極子モーメントと電場勾配

の相互作用により2本の分裂ピークが現れる

(四極子分裂;QS)。線源又は基準物質との電

子密度の差は,異性体シフト(IS)と呼ぶ。な

お,基準物質として α -Fe が用いられる。また,

RADIOISOTOPES54 Vol.62,No.1

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α -Fe 箔によるドップラー速度の校正データは次のとおりである。Hin=33.3T,(P1と P6の

ピーク間幅は,10.657mm/s,P2と P5のピー

ク間幅は,6.167mm/s,P3と P4のピーク間幅

は,1.677mm/s)。

3・2・1 異性体シフト(アイソマーシフト);

IS,δ異性体シフトはスペクトルの重心と基準物質

の α -Fe のスペクトルの重心(ドップラー速度0mm/s とする。)との差 δ である。δ は s 電

子密度を反映する。57Fe では,s 電子密度は,

d 電子の密度が高くなるとその遮蔽効果で減少

し,ドップラー速度がプラスの方にスペクトル

の重心が移動する。このシフトした δ の値から鉄化合物のFeの原子価状態がわかる。

3・2・2 四極子分裂;QS,∆

核スピンの量子数 I が1以上の場合,核の正

電荷の分布は球対称ではなくなり,電気的四極

子が生じる。このような原子核は,結晶中の電

場勾配により励起状態の核のエネルギー準位

Iex=3/2が Iex=±1/2と±3/2の二つに分裂す

る。これに対応して基底準位 Ig=±1/2からの

エネルギーを吸収した2本の共鳴ピークが現れ

る。この分裂の幅は四極子分裂の値として,電

場勾配の大きさを反映し,これから配位環境が

わかる。ただし,57Fe では2本のピークは左右

対称のため,電場勾配の符号はわからない。原

子核位置に外部磁場が加わるとスペクトルの対

称性は崩れ,正負の判断が可能となる。四極子

分裂のエネルギー幅を,式で表すと次のように

なる。

∆Eq=2ε=(1/2)e2qQ(1+η2/3)

ただし,Q:核の電気四極子モーメント,非

対称パラメーター η=(Vxx-Vyy)/Vzzである。図1は η=0,電場勾配の最大の方向を z軸にとるとき電場勾配は Vzz=eqとなる。

3・2・3 内部磁場;Hin,又は Bhf

原子核の核スピンが1/2以上の場合,核は核

磁気モーメントを持つので,核は固定された磁

場内に置かれると,ゼーマン効果によってエネ

ルギー準位が分裂する。57Fe の基底状態の核ス

ピン Ig=1/2は,±1/2の二つに分裂し,57Fe

の励起状態の核スピン Iex=3/2は,±1/2,±3/2

の四つに分裂するが,選択率(遷移間の核スピ

ンの差 ∆ I=0,±1のみ許容)から57Fe では強

磁性体や反強磁性体において6本の遷移が観測

される。

磁場 H,核スピン I,磁気量子数 M,核磁

気モーメントを µnとすれば,エネルギー準位

表1 6―30keVの核共鳴エネルギー及び1ns以上の緩和寿命を有するメスバウアー核種の特性

Jan.2013 野村:メスバウアースペクトロメトリーの基礎と応用―現状と展開(序説)―

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E は,

E=µn HM /I

と示される。ただし,基底及び励起の核磁気モー

メント µnはそれぞれ µng,µn

ex とする。これら

分裂の間隔 ∆E から内部磁場の大きさを求める。

磁気分裂した吸収線の強度比は,γ 線の入射方向と磁化の方向を反映するので磁場配向につ

いての情報が得られる。多結晶試料の各吸収線

の強度比は,磁気モーメントがランダムに向い

ているため3:2:1:1:2:3となる。鉄板表

面では磁区が面内に揃うので,入射 γ 線に対して垂直となり,その強度比は3:4:1:1:

4:3になる。

分裂全体の広がりが内部磁場の大きさ Bhfを

反映し,その値を物質の同定に用いることがで

きる。例えば常温で純 α -Fe は33.3T,Fe3Cは20.8Tの内部磁場を示す。

3・2・4 電気四極子相互作用と磁気双極子相

互作用の共存

磁気分裂ピークが観測されるとき電気四極子

相互作用があると内側の4本と外側の2本の吸

図1 57Co 及び57Mnのメスバウアー線源の壊変図(Mo..ssbauer

Effect Data Center より)。

14.4keVの γ 線がメスバアースペクトル測定に利用される。

図2 57Fe のエネルギー準位とメスバウアーパラメーター。

∆Eq=2ε=(1/2)e2qQ;四極子分裂の幅,Hin‖Vzz;内部磁場(Hin)の向きと電場

勾配の主軸(Vzz)が平行のとき。テキストに説明。

RADIOISOTOPES56 Vol.62,No.1

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収線にシフトが観察される。内部磁場の大きさ

がほとんど同じ場合にはこのシフトから化合物

の判定が行われる。ヘマタイト(α -Fe2O3)では,その内部磁場が51.7Tの磁気分裂を示し,

四極子シフト(2ε=-0.2mm/s)が観察される。

3・2・5 無反跳分率

無反跳分率は,核の γ 線共鳴吸収の割合を表し,温度に依存する。全吸収量の温度依存か

ら固体の比熱に関する情報,格子力学的挙動(無

反跳分率,デバイ温度,ファノン状態密度)を

引き出すことができる。

3・2・6 スペクトルの解析プログラム

メスバウアースペクトルの解析にはローレン

ツ関数の複数のピークの重なりとして非線形最

小二乗法が用いられる。汎用パソコンソフト

(Windows 版)が市販されている。アモルファ

ス材料などのようにピークが非常にブロードな

場合には,内部磁場や四極子分裂の分布として

解析することもある。

3・3 放射性同位体(RI)線源による測定法

線源,試料,検出器の配置によって,測定方

法は,図3のように透過法,発光法,散乱法,

後方散乱法に分類できる。透過法では,試料(約

50µm厚さ以下)のバルクの状態がわかる。発光法では,試料に57Co の線源をドープして57Fe を含むステンレス鋼箔の標準試料を測定す

る。14.4keVの γ 線を検出するには,Krガス比例計数管がよく用いられる。散乱法では,検

出効率のよい後方散乱型配置が用いられる。メ

スバウアー効果後の内部転換過程により放出さ

れる内部転換電子(K殻電子80%+オージェ

電子53%;CEMS)又は共鳴X線(放出率

27%;XMS)をHeガス又はArガスによって

検出してそれぞれ試料の表面層100nm及び10

µmの深さの状態が選択的にわかり,表面分析に応用される。

4. シンクロトロン放射光によるメスバウ

アー核共鳴散乱測定

シンクロトロン放射光施設で単結晶モノクロ

メータの回折格子によりエネルギー幅が数

meVの14.41keVの X線ビームが得られるよ

うになった。放射光の超単色光は,放射性同位

体の線源のエネルギー分解能(~10-8eV)に

図3 さまざまな測定法。a)透過法(Transmission Mo..ssbauer Spectrometry :

TMS),b)発光法(Emission Mo..ssbauer Spectrometry : EMS),c)散乱

法(Scattering Mo..ssbauer spectrometry : SMS),d)後方散乱法(電子検

出;Conversion Electron Mo..ssbauer Spectrometry : CEMS,X線検出;

Resonant X-ray Mo..ssbauer Spectrometry : XMS)

Jan.2013 野村:メスバウアースペクトロメトリーの基礎と応用―現状と展開(序説)―

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は到底及ばないが,パルス性,干渉性,直線・

偏光ビームの特性が利用できる。因みに SPring

8の BL09XUでは14.4keVの X線ビームに対

して三つのモノクロメータが用意されていて,

そのエネルギー分解能はそ れ ぞ れ3.5

meV,2.5meV及び1.6meVが得られる4)。

どれを使用するかは実験の目的により選択でき

る。メスバウアー励起核の寿命時間(57Fe では

141ns)を利用して非共鳴即発X線(~10-15s)

と区別し,核共鳴の散乱X線又は前方散乱線

のみを選択的に検出することによって核共鳴散

乱スペクトルを測定することができるように

なった。これには,時間分解能が1ns 以下の

シリコン・アバランショフォトダイオード(Si-

APD)検出器などが利用される。シンクロト

ロン放射光における核共鳴散乱法5),6)には次の

二つの方法が主に用いられる。

4・1 核共鳴前方散乱法(Nuclear Forward

Scattering : NFS)

超単色ビームを試料に当て核励起後緩和に

伴ってビーム方向に再放出される γ 線の時間スペクトルを測定すると核スピンの励起準位間

での干渉効果に伴う量子ビートと試料の厚さに

よるダイナミックビートが現れる。これを核共

鳴前方散乱法と呼ぶ。時間スペクトルをフーリ

エ変換すれば,従来のメスバウアースペクトル

が得られる。前方散乱法は,高圧下での測定や

強磁場下の測定,その他微少な部分にビームを

照射する必要がある場合に有効である。また,

放射光ビームは直線偏光しているので偏光特性

を利用した選択的核励起の実験に有効であろう。

ただ,核共鳴前方散乱法は,そのスペクトルの

解析が複雑である。そこで超単色ビームを試料

に透過させた後,基準物質の核共鳴を起こさせ,

ドップラー速度で同期しながら散乱された核共

鳴X線を検出してメスバウアースペクトルを

測定する方法が日本で開発された。線源として

放射性同位体が得られないときは,この方法が

有用である。

4・2 核共鳴非弾性散乱法(Nuclear Inelastic

Scattering : NIS)

入射ビームエネルギーを可変させて核共鳴後

放出される共鳴散乱X線を検出すると鋭い弾

性散乱ピークの両側に,試料の格子振動に基づ

くフォノンの生成と消滅に伴う非弾性散乱ピー

クが現れる。これは核共鳴非弾性散乱法と呼ば

れ,このスペクトルから物質の局所フォノン状

態密度が求められる。フォノン状態密度が求ま

ると,デバイモデルに基づいて熱力学的パラ

メーター(デバイ温度,エントロピー,比熱な

ど)が求められる。

RI 線源を使用する場合と放射光を使う場合

のビーム特性による測定の特徴を表2にまとめ

た。さらに放射光の核共鳴前方散乱と核共鳴非

弾性散乱の特徴をまとめると表3になる。

今後は,それぞれの特徴を活かした測定方法

が採用され,固体のナノ構造の解析にメスバウ

アースペクトロメトリーが効果的に利用される

と期待される。

5. そ の 他

加速器を利用して放射性57Mnを打ち込みな

がら壊変した57Fe のメスバウアースペクトルを

測定する方法や高いエネルギーのイオンを打ち

込んでクーロン核励起によるメスバウアースペ

クトルも測定される。エネルギーの高い β 線の影響を抑えるために,最近,共鳴カウンター

とのコインシデンス検出の改良方法により S/

Nが向上した。このような加速器によるイン

ビームメスバウアースペクトロメトリーの応用

研究がヨーロッパと日本のグループで行われて

いる。

6. お わ り に

MEDCで行ってきた集計データは,国際会

議(International Conference on Application of

Mo..ssbauer Effect ; ICAME)でも紹介されてき

た。ウィーンで行われた ICAME2009では,

急遽会議の最終日にホットトピックスとして鉄

RADIOISOTOPES58 Vol.62,No.1

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の超伝導酸化物のパネル討論が行われた。2011

年9月25日から神戸で行われた ICAME2011

でも超伝導酸化物やナノ酸化物の磁性の研究が

多く発表された。

4年ごとに開かれているメスバウアー効果の

産業への応用会議(International Symposium

on Industrial Applications of Mo..ssbauer Ef-

fect : ISIAME)は2012年9月2日から7日に

大連にて行われた。2年ごとに行われるラテン

アメリカのメスバウアー国際会議 LACME

2012は11月11日から16日にコロンビア

Medellin で行われた。これから開催される国

表2 放射光の線源の特徴とラジオアイソトープとの比較

表3 放射光における核共鳴散乱法の特徴

Jan.2013 野村:メスバウアースペクトロメトリーの基礎と応用―現状と展開(序説)―

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際会議は,MEDCのホームページに掲載され

ているので,参考にされたい。一時期,メスバ

ウアースペクトルを扱った論文の数が減少して

きて,メスバウアークライシスと叫ばれたが,

中国,ラテンアメリカでは,メスバウアースペ

クトロメトリーによるナノ磁性物質の応用研究

が比較的多くなってきている。

日本では,メスバウアー分光研究会7)のシン

ポジウムが毎年3月に開催されている。

文 献

1)藤田英一編著,メスバウア分光入門―その原理

と応用,アグネ技術センター,東京(1997)

2)佐野博敏,片田元己,メスバウアー分光学―基

礎と応用,日本分光学会測定法シリーズ31,学

会出版センター,東京(1996)

3)野村貴美,メスバウアー分光法,電気化学への

応用,電気化学会誌,58,18(1990)

4)SPring8のホームページのBL09XUの概要:

http : //www.spring8.or. jp/wkg/BL09XU/ in-

strument / lang / INS - 0000000436 / instrument _

summary_view

5)野村貴美,シンクロトロン放射光を用いたメス

バウアースペクトロメトリ─(I)核共鳴非弾性散

乱法─,RADIOISOTOPES,52,242-256(2003)

6)野村貴美,シンクロトロン放射光を用いたメス

バウアースペクトロメトリ─(II)核共鳴前方散

乱法─,RADIOISOTOPES,52,293-307(2003)

7)メスバウアー分光研究会のホームページ:

http : //www.lab.toho-u.ac.jp/sci/chem/ichem/

moss/index.html

Abstract

Basics and Applications of Mo..ssbauer Spectrometry

Present Status and Developments of Research―In-

troduction―

Kiyoshi NOMURA : Graduate School of Engineering,

The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku,

Tokyo 113-8656, Japan

The basics of the Mo..ssbauer Effect and the latest appli-

cation research fields were introduced. The principle and

measuring system of Mo..ssbauer Effect, and the parame-

ters from Mo..ssbauer spectra were summarized. The fea-

ture of monochromatic beam of synchrotron orbital radia-

tion for nuclear forward scattering and nuclear inelastic

scattering was compared with that of γ ray from Mo..ss-

bauer radioisotopes. Furthermore, the in-beam Mo..ssbauer

spectrometry with accelerator also was introduced, and

the recent research area were touched through interna-

tional conferences of Mo..ssbauer Effect.

RADIOISOTOPES60 Vol.62,No.1

(62)