<今年はジルに抱擁を!>ジルベルト・ジル再考 第6回 · pdf file17...

16 インターネット時代、 新たなミュージシャン像を提示し続けるジル 文●高橋道彦 texto por MICHIHIKO TAKAHASHI <今年はジルに抱擁を!>ジルベルト・ジル再考 第 6 回 YouTube YouTube YouTube 07 YouTube YouTube http://br.youtube.com/gilbertogil YouTube 稿YouTube http://www.bandalargacordel.com. 16 016-019_Gil.indd 16 08.7.15 4:17:09 AM

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インターネット時代、新たなミュージシャン像を提示し続けるジル

文●高橋道彦 texto por MICHIHIKO TAKAHASHI

<今年はジルに抱擁を!>ジルベルト・ジル再考 第 6 回

もう一昨年ぐらいのことになるだろうか、

買ってきたCDや聴かなきゃいけない音源が

目の前に山積みになっているというのに、延々

とYouTube

を観ていた時期があった。それ

くらい面白かった。たとえば、現地でもカセッ

トさえ出していないアフリカのグループのラ

イヴ映像が簡単に観られるなんて、それまで

は考えられなかったことだ。しかも、芋づる

式に出てくるし、映像はどんどん増えていく。

もちろん増えていく映像における音楽性は玉

石混淆ながら、とにかくもう、石ころさえも

が面白い。完成されたライヴDVDの映像と

は受ける印象がまったく違う。現地の音楽情

報をリアルタイムに、なんの飾りもなく、熱

気をもって教えてくれる。YouTube

に関し

ては、やれ著作権侵害だなんだと大メディア

はうるさいが、そんな議論とは無関係なとこ

ろで、自分たちの存在を世の中に知らしめた

いと考える無数のアーティストやレーベルが、

世界中から現われてきていた。

文化大臣の職にあるジルベルト・ジルが、

本格的に音楽活動に戻りつつあるという意志

を表わしたのは、そんなYouTube

を通じ

てだった。07年6月には出来上がったばかり

の曲、「バンダ・ラルガ・コルデル」を弾き

語りで歌う映像をYouTube

にアップ、そ

の歌詞にはYouTube

の名も歌い込まれて

いた。さらに今年1月にはジルのチャンネル

(http://br.youtube.com/gilbertogil

)が

YouTube

上に登場、ファンが勝手に投稿し

た過去の映像を含め、膨大な量の動画が集め

られている。

 

たとえば今年、YouTube

の新企画〝リ

ヴィング・レジェンド〟の第1弾としてロー

リング・ストーンズが登場し、大きな話題と

なったが、単純に新たなプロモーション手段

といった印象に終始したそこでのストーンズ

に対し、ジルのほうは彼のオフィシャル・サ

イトやバンダ・ラルガ・コルデルの特設サイ

ト(http://w

ww.bandalargacordel.com

.

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br/

)と連動する形で、柔軟な姿勢をみせて

いる。Tw

itter

(短いつぶやきを投稿し合う

ゆるゆるコミュニケーション・ツール)など

も使っていて、プロモーションというよりは

双方向性のコミュニケーションを目指そうと

するジルの立ち位置が表われている。イン

ターネット時代の音楽家とはどんなものなの

か、それを彼は模索している。

 たとえば97年、ジルは「ペラ・インテルネッ

チ」において、自分のホームページを開設し、

世界のサイトあちこちに出入りしてディベー

トしたり、電子メールを世界中に届けるのだ

と歌っていた。この曲は、ブラジル音楽では

初めてインターネット上で完全試聴が出来る

ものだった(アルバム『クアンタ』に収録)。

 そんなジルの行動が呼び水となり、98年の

終わりごろのブラジル音楽のサイトは、たと

えば日本の状況よりも進んでいたという印象

をぼくは持っている。特にインディ・レーベ

ルで活動する人たち、たとえばハシオナイス・

MCズなどのヒップホップ系グループさえも

オフィシャルのサイトを持ちはじめ、情報を

発信するようになった。試聴に関しては、イ

ントロから30秒〜1分程度ではなく、音質こ

そ悪くてもフルに聴けることが多かったのも

ブラジル・サイトの特徴で、これがCDを買

う際にとても役に立った。さらにジョルジ・

ベンジョールら大ヴェテランの歌詞つき完全

ディスコグラフィーなども早い段階で整備さ

れていて、ぼくも大いに参考にしたものだ。

これらはすべて、ジルが先鞭をつけたものと

いえるかもしれない。

 ジルに話を戻すと、「ペラ・インテルネッチ」

以前にも、「パラボリック」(92年)では〝以前

はこの世界も小さかった/地球が広かったから

だ/だが今は 世界はあまりにも大きい/地球

が狭くなったからだ/パラボラ・アンテナの大

きさだ〟(国安真奈さんの対訳から)と歌って

いた。これは衛星回線・衛星放送という新たな

通信手段とテクノロジーをテーマにした曲だ。

根本的に新しモノ好きなんですね。

 もっと遡れば、69年の『1969〜セレブ

ロ・エレトローニコ』というアルバムがすで

にテクノロジーをひとつのテーマに据えた作

品だった。電子頭脳について歌う「セレブロ・

エレトローニコ」や宇宙飛行士を取り上げる

「2001」、ヒューマノイドに関する「フトゥ

リーヴィル」と、いくぶんの懐疑を持ちなが

らも新たなテクノロジーとどう折り合いをつ

けていくか、そこに彼は興味を寄せている。

さらに『1974〜ライヴ』のリイシューC

Dには弾き語りによる「シベルネーチカ」が

収録されていて、70年代前半にしてサイバネ

ティクスだなんてタイトルをつけるとは、な

んともかっこいいセンスだ。

 こうしてみてくると、具体的に曲のなかで

テクノロジーをテーマにしていた過去の作品

と比べるなら、今回の新作『バンダ・ラルガ・

コルデル』は、テクノロジーに触れた曲は少

ないといえるかもしれない。曲のなかで自分

の哲学を表明するというより、このアルバム

とネットを使って自分の考えを実践に移して

いる感じがするのだ。

 今回、ジルはアルバム・リリースから3週

間ほど先駆けて、全曲をネット上で試聴でき

るようにし、CDリリースと同時にダウンロー

ドでの購入も出来るようにしている。もちろ

ん試聴できるのは曲の一部ではなく完全な形

だ。加えて、実現するかどうかはまだわから

ないが、ダウンロード販売ではリスナーが勝

手にアルバムを構成できるように、ヴァージョ

ン違いを用意したいとも語っていた。それら

を使って、ある人は4曲入りのアルバムを、

また別の人は8曲入りのアルバムを作ってく

れればよいのだ、と。「ある曲では、2バージョ

ンとか、3バージョン入手できる状態にした

い。違ったアレンジのバージョンでね。イン

ターネットでの通信販売でのバージョンとか、

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手掛け、ブラジル新世代のトンガった音楽性

を先導してきたひとりだが、プロデューサー

として頭角を現わすことになったのはジルの

作品『ルアール』(81年)から。84年にはジル

と共同でスタジオを設立し、ふたりはずっと

良きパートナーとしてやってきた。今回の録

音に関しては、文化大臣の職をこなすジルは

土曜・日曜にバンドとともにスタジオに入り、

平日はリミーニャやジルの息子でジル・バンド

のギタリストであるベン・ジルが作業を進めて

いったという。スタジオ技術に頼った、ガチガ

チに決め込んだ録音でもなく、かといって完

全にジル主導といったわけでもないといったと

ダウンロード販売ではこのバージョンとか、

フリー・ダウンロードだとこのバージョン、っ

ていう風に違わせたりもできるよね」。さら

に、サイト上ではリミックスも募集していた。

それは自分にフィードバックしてくれるなら、

曲を勝手に使ってもいいですよと言っている

ようなものだ。

 リスナーを信頼し、聴き手の感性を最大限

に尊重しようとする考えは、『クアンタ』発

売時にすでに表われていたともいえる。ブラ

ジルではCD2枚組で発売された『クアンタ』

だが、日本を含む海外では1CDで発売され

ることになった。そこでジルはすべてを自分

で選曲せず、まず各国のレコード会社担当者

に曲を選んでもらい、あとから数曲を加える

というやり方を取っていたのだ。

 それでは、『バンダ・ラルガ・コルデル』と

いうCD自体の内容はどうなのか。コルデル

とはブラジル北東部の吟遊詩人たちの語る詩

に挿絵がされた大衆絵本/小冊子のことだそ

うで、全体では〝ブロード・バンドのパンフ

レット〟といった意味になる。ジル自身は〝コ

ンピュータ・テクノロジーの恩恵をもっとも

受けた作品で、これらの新しい楽器、つまり

コンピュータや電子楽器は、今作で強い存在

感がある〟と語っているけれど、だからといっ

てこれ見よがしに新たなテクノロジーを使っ

ているわけではない。さすがにリミーニャの

プロデュースだから、よく聴くと特にイント

ロなど凝っている曲も多いし、アルバムの最

後に置かれた「オ・オコ・ド・ムンド」はシコ・

サイエンス&ナサォン・ズンビを思わせるヘ

ヴィさがある。それでも、電子楽器の恩恵と

いうよりは、バンドの音を大事にしている印

象を受けるのだ。バンダ・ラルガの〝バンダ〟に、

演奏をする〝バンド〟という意味を引っ掛け

ているのは重要だろう。

 ちなみにリミーニャは元ムタンチスのベーシ

ストで、90年代後半にはシコ・サイエンス&ナ

サォン・ズンビやフェルナンダ・アブレウらを

ころだろうか。それがツボにハマった。

 曲はどれも本当に素晴らしい。なかにはポッ

プ・アップが開くように、パッと閃いた曲も

あるそうだ。どのナンバーにおいても、大臣

になって曲を書くヒマがないと嘆いていたジ

ルのなかで堰を切るように溢れ出したのであ

ろうメロディが、際立って瑞々しい。フォホー

とレゲエが混ざり合った冒頭の「デスペチー

ダ・ヂ・ソルテイラ」ではドブロやマンドリ

ンも使われ、オルガンの音も印象的だ。「ナゥ

ン・グルーヂ・ナゥン」も速いビートのフォホー

で、フルートっぽい音が効いている。「フォル

モーザ」はバーデン・パウエルとヴィニシウス・

ヂ・モライスをカヴァーしたサンバ、柔らか

な「サンバ・ヂ・ロス・アンジェレス」は『ナ

イチンゲール』収録曲のセルフ・カヴァーだ。

フランス語で歌う「ラ・ルネサンス・アフリケー

ヌ」は09年のアフリカン・アート・フェスティ

ヴァルのための曲で、プログラミングも目立

つが、ファンク色の強いナンバー。

うって変わって「ナゥン・テーニョ・メド・ダ・

モルチ」はジャキス・モレレンバウムがスト

リングス・アレンジを施した曲で、歌謡曲指

数がかなり高い。ジルならではのロマンティ

シズムを感じさせる美しい曲だ。「ゲイシャ・

ノ・タタミ」ではお馴染みの日本趣味を発揮、

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ら個々のプレイヤーの主張もあり、アルバム

同様に瑞々しさを感じさせる演奏を繰り広げ

ている。昨年12月の演奏ですでに十分な見応

えがあり、時が経つにつれさらにパワーアッ

プしてきている。このバンドを得て、ジルの

歌声も若々しい。9月の来日公演が本当に楽

しみだ。

人と交わり、わいわいがやがやしているのが

好きな性格だから。ジルベルト・ジルはこと

あるごとにそう言ってきた。ロンドン亡命中

も、鬱屈した日々を過ごすカエターノと違い、

彼は英米のミュージシャンと交わった。ジル

にとってインターネットやYouTube

とは、

世界規模でいろんな人たちとわいわいがやが

や騒いでいられる広場のようなものなのかも

しれない。

 囲いなんてヤボなものはいらない。誰もが

ふらっと立ち寄っておしゃべりをしていける、

そんな広場なのだ。

ジョルジ・マウチネルとの共作2曲のうち「オ

ウトロス・ヴィーラン」は完全にジルの弾き

語りによるナンバー、さりげなくアフロ色の

濃い「カノー」も特に素晴らしい1曲に仕上

がっている。

 そしてアルバム・タイトル・ナンバーの「バ

ンダ・ラルガ・コルデル」は、パーカッシヴ

かつスライ&ロビーのロビー・シェイクスピ

アのベース・パタンも連想させるヘヴィなア

レンジがなされている。当初、YouTube

上で

披露された弾き語りとはガラッと違う仕上が

りだ。携帯電話のカメラについて歌った「オー

リョ・マジコ」やリズム・ボックスに関する「マ

キナ・ヂ・ヒッチモ」といった曲もあるには

あるが、やっぱりテクノロジー自体について

の言及は控えめといえるだろうか。

 そこでYouTube

のジル・チャンネルにあ

る今回のツアーの動画を観てみると、このバ

ンドはかなり良い。ガッチリとまとまりなが

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