平成 29 年度 卒業研究論文...

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平成 29 年度 卒業研究論文 慣性センサによる動作測定装置の開発 平成 30 年 2 月 14 日 指導教員 福永道彦 准教授 大分大学工学部 機械・エネルギーシステム工学科エネルギーコース 学籍番号 1451010 井上 祐輔

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平成 29 年度 卒業研究論文

慣性センサによる動作測定装置の開発

平成 30 年 2 月 14 日

指導教員 福永道彦 准教授

大分大学工学部

機械・エネルギーシステム工学科エネルギーコース

学籍番号 1451010

井上 祐輔

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目次

1. 序論

2.姿勢計測法

2.1. 3 次元角度推定

2.2.静止時にドリフト誤差を補正する測定方法

2.3. Madwick フィルタを用いる方法

3.実験方法

3.1.計測システム

3.2.膝関節モデルとの比較

3.3.立ち上がり動作での計測

3.4.歩行動作での計測

4.実験結果と考察

4.1.膝関節モデルとの比較結果

4.2.立ち上がり動作での計測結果

4.3.歩行動作での計測結果

5.結論

参考文献

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2

1.序論

慣性センサ(ジャイロセンサ,加速度センサ)は,MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)

技術により著しく小型化,低価格化が進んでいる.また,身体部位に取り付けることによ

り,身体部位の姿勢を簡易に計測可能である事から,スポーツ工学,医療工学分野等にお

いて,慣性センサを用いた運動計測法が提案されている.現在,身体運動計測においては,

主にディジタルビデオカメラや高速度カメラから得られる映像情報から 3 次元位置座標を

算出する DLT(Direct Linear Transformation)法が用いられている.しかし,DLT 法を用い

た運動計測はシステムが高価かつ大規模であり,専用の計測場所が必要である.一方,慣

性センサを用いた方法は,低コストであり,簡易かつ計測場所に制限されない計測が可能

である.慣性センサから得られる計測情報は,加速度や角速度であり,身体運動計測にお

いて重要な情報である姿勢情報は,角速度の積分計算や重力加速度からの変換によって得

ることができる[1].

しかし,ジャイロセンサから得られる角速度には微小な誤差が存在し,積分計算をする

ことで,その誤差が蓄積してしまうことから,ジャイロセンサのみでは長時間の運動計測

ができない.また,角速度を積分して得られた角度は 3 次元姿勢を表すために必要となる

ロール・ピッチ・ヨー角やオイラー角とは異なるものであり,回転順序依存性があるため,

正確な姿勢測定ができない.更に,ジャイロセンサのみでは計測開始時の姿勢情報を得る

ことができない為,あらかじめ初期姿勢を計測しておかなければならない等の短所がある.

これは,ドリフトによる誤差の影響や初期姿勢の問題が解決されれば姿勢計測に幅広く利

用できる.また,関節角度に加えて,床反力を測定し入力値とすることで,筋骨格系をモ

デル化して関節および筋にかかる負担を推定することができる.従って,身体運動の解析

においては,関節角度等の姿勢情報を得ることは重要であるため,慣性センサから正確な

姿勢情報を得る方法の構築が必要である[2].

ジャイロセンサのドリフトによる誤差を修正するための方法として,角速度センサ,加

速度センサ,地磁気センサを用いて補正するセンサフュージョンが提案されており,3 軸

ジャイロセンサ,3 軸加速度センサ,3 軸地磁気センサからロール・ピッチ・ヨー角を推定

するアルゴリズム等が提案されている.これらの方法は,ジャイロセンサのドリフト誤差

を補正した姿勢情報を推定することができる.また,通常の回転行列と違いシンバルロッ

クが起きないクォータニオンを使った推定方法も提案されている.これらの方法で正確な

姿勢情報が得られれば,無線 LAN などを通じてディスプレイ付の PC にデータを送信し,

リアルタイムで姿勢情報を可視化することができる.更に,測定場所に限定されない動作

解析が可能になり,普段の生活の中での姿勢解析が可能となる.

本研究では,測定場所に限定されない姿勢情報の計測を可能にすることを目的とし,加

速度,磁気,角速度のセンサフュージョンの方法の検討を行った.本研究では,動作して

いないときは加速度と磁気から姿勢情報を推定し,動作中は角速度から姿勢情報を推定す

る方法.常に,加速度,磁気,角速度の 3 つの情報から推定する方法の 2 通りのセンサフ

ュージョンの方法を提案する.これらの 2 つの方法を用い,膝関節の屈曲,内外反,回旋

を推定し,精度を比較することで有用性を検討した.

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2.姿勢計測法

2.1 3 次元角度推定

身体動作を測定することは,関節の角度を測定することと同義である.関節角度は,そ

の関節が繋いでいるセグメントの相対姿勢を表現したものである.たとえば膝関節であれ

ば,大腿骨と脛骨の相対姿勢が屈曲角度,内外旋角度,内外反角度で表現される.

ただし,これらの角度の表現は臨床的,解剖学的なものであり,必ずしもオイラー角表

示のような数学的厳密さを有さない.そこで Grood らは,数学的厳密さと臨床的分かりや

すさを両立した関節座標系を提案した.本研究の結果も関節座標系に従って表すため,本

節では大腿骨と脛骨の相対位置から関節角度を算出する方法について記述する.

まず,関節角度の算出には,大腿骨と脛骨それぞれのセグメントに固定されたローカル

座標系の基底ベクトルが必要である.図 1 のように大腿骨,脛骨のローカル座標系をそれ

ぞれ,XYZ,xyz で決定する.わかりやすくするために,XYZ 軸の単位ベクトルをそれぞ

れ IJK,xyz 軸の単位ベクトルをそれぞれ ijk とする.また,このとき𝐞は単位ベクトルを

意味し,𝐞𝟏(大腿骨の外側ベクトル),𝐞𝟐(大腿骨,脛骨の双方に垂直なベクトル),𝐞𝟑(脛

骨の上方向ベクトル),𝐞𝟏′ (大腿骨の前方向ベクトル),𝐞𝟑

′(脛骨の前方向ベクトル)とする[3].

表 1 関節座標系の人間の膝への適応

大腿骨の軸(屈曲) 𝐞𝟏 = 𝐈 𝐞𝟏′ = 𝐉

脛骨の軸(脛骨の回旋) 𝐞𝟑 = 𝐤 𝐞𝟑′ = 𝐣

浮動軸 F 𝐞𝟐 = 𝐞𝟑 × 𝐞𝟏/|𝐞𝟑 × 𝐞𝟏|

ただし,右側に向けられたベクトルを i,I,前方に向けられたベクトルを j,J とする.

表 2 臨床回転

α=Flexion sinα = −𝐞𝟐 ∙ 𝐊

β={

π

2+ Adduction,right knee

π

2− Adduction,left knee

cosβ = 𝐈 ∙ 𝐊

γ=External rotation sinγ = {−𝐞𝟐 ∙ 𝐢,right knee

𝐞𝟐 ∙ 𝐢,left knee

大腿骨と脛骨の相対的な関係が図 2 に示されている.また,表 1,2 は臨床回転を定義

する際に使用される記号規則をまとめたものである.屈曲運動は大腿固定軸の周りに起こ

り,回旋運動は脛骨の固定軸周りに起こる.浮動軸周りには内外反運動が発生する.屈曲

および脛骨の回旋は,各骨の浮動軸と固定軸との間に形成される角度である.したがっ

て,次の 2 つの関係が示される.

cosα = 𝐞𝟏′ ∙ 𝐞𝟐 = 𝐉 ∙ 𝐞𝟐 α = flexion (2.1-1)

cosγ = 𝐞𝟑′ ∙ 𝐞𝟐 = 𝐣 ∙ 𝐞𝟐 γ = tibial rotation (2.1-2)

また,cos (α) = cos (−α)なので,αとγの大きさは符号に関係なく大きさを求めることに

なり,符号を求めるために次の関係式を用いる.

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𝐞𝟐 ∙ 𝐊 = cos (π

2+ α) = − sin α (2.1-3)

𝐞𝟐 ∙ 𝐢 = {cos (

π

2+ γ) = −sinγ, right knee

cos (π

2− γ) = sinγ, left knee

(2.1-4)

式(2.1-4)の符号は任意に決められるものであり,脛骨の回旋は外旋,内旋共に正の角

度となる.内外反の大きさは大腿骨と脛骨の固定軸間の角度βから次の関係があることが

わかる.

cosβ = 𝐈 ∙ 𝐊

Adduction={β −

π

2,right knee

π

2− β,left knee

(2.1-5)

式(2.1-3),(2.1-4),(2.1-5)を用いて左足の屈曲,内外反,回旋を求める.

Flexion = sin−1(−𝐞𝟐 ∙ 𝐊) (2.1-6)

Adduction =π

2− cos−1(𝐈 ∙ 𝐊) (2.1-7)

External rotation = sin−1(𝐞𝟐 ∙ 𝐢) (2.1-8)

以上のように,大腿,脛骨に固定された基底ベクトルが既知であれば,関節角度を算出

することができる.以下の節で,これらの基底ベクトルを測定する方法を 2 通り説明す

る.

2.2 静止時にドリフト誤差を補正する測定方法

本節では,身体静止時には加速度と磁気の向きを用いてセグメント姿勢を算出し,身体

動作時には角速度の積分によってセグメント動作の追跡をする.また,動作が止まったと

きに改めて加速度と磁気による算出を行い積分によるドリフト度差を補正する.まずは,

加速度センサから得られる重力加速度と地磁気センサから得られる単位ベクトルを算出す

る.

本方法においては,測定対象となるセグメントが一様な重力場,磁場にある事を前提と

している.そして,重力と磁気の向きを用いてグローバル座標系を構築し,各セグメント

に固定されたローカル座標系の基底ベクトルをグローバル座標系で表現することで,関節

角度の算出に必要な情報を取得する.まずは,加速度センサから得られる重力加速度と地

磁気センサから得られる磁場を用いることで初期姿勢を算出する.重力加速度と地磁気の

無次元の向きを G,CMP とし,単位ベクトルとして扱う.図 3 に示すように,式(2.2-1),

(2.2-2),(2.2-3)にてお互いに直交する基準ベクトル X,Y,Z をそれぞれ定めた[4].

Z=-G (2.2-1)

X=Z×CMP (2.2-2)

X=Z×Y (2.2-3)

重力軸方向と地磁気軸方向のなす角が 0 度の場合,基準ベクトルを定めることはできな

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い.そのため,重力軸方向と地磁気軸方向が重なることが想定されるような環境,または,

重力や地磁気が存在しない環境ではこの計算を用いて基準ベクトルを定めることができな

い.基準ベクトル X,Y,Z にはそれぞれ X 軸方向成分,Y 軸方向成分,Z 軸方向成分の

値があり,計 9 個の値を 3 行 3 列行列として扱う.ここで算出された単位ベクトルを式

4654 に適応することで屈曲,内外反,回旋が求められる.しかし,この場合,歩行時など

の並進加速度が大きくなる運動では並進加速度が白色雑音として計算され外乱が生じる.

そこで,歩行時などの並進加速度が大きくなる運動では,ジャイロセンサから得られる角

速度から姿勢情報を以下のように計算する.

3軸角速度センサはセンサに付随したそれぞれ直交した基準軸の角速度𝜔𝑥,𝜔𝑦,𝜔𝑧を検

出することができる.それらの角速度をベクトルとして合成することで,3 次元的な回転

の角速度𝜔と軸ベクトル A を算出することができる.関係式を式(2.2-4),(2.2-5),(2.2-6)

に示す.

𝛚 = (

ωx

ωy

ωz

) (2.2-4)

ω = |𝛚| (2.2-5)

𝐀 = 𝛚 ω⁄ (2.2-6)

角速度𝜔とサンプリング周期𝛥𝑡を掛け合わせることで角度変化量𝜃𝑔𝑣𝑟を求めることがで

きる.関係式を式(2.2-7)に示す.

𝜃𝑔𝑣𝑟 = ω∆t (2.2-7)

大きさ1の回転軸ベクトル𝐀 = [𝑛1,𝑛2,𝑛3]の周りを角度𝜃回転させたときのベクトル計

算には式(2.2-8)のロドリゲスの回転公式を用いた.

𝑅 = [

cos θ + n12(1 − cos θ) n1n2(1 − cos θ) − n3 sin θ n1n3(1 − cos θ) + n2 sin θ

n2n1(1 − cos θ) + n3 sin θ cos θ + n22(1 − cos θ) n2n3(1 − cos θ) − n1 sin θ

n3n1(1 − cos θ) − n2 sin θ n3n2(1 − cos θ) + n1 sin θ cos θ + n32(1 − cos θ)

](2.2-8)

式(2.2-1),(2.2-2),(2.2-3)または,式(2.2-8)で求められた単位行列を式(2.1-6),(2.1-

7),(2.1-8)に用いて膝関節の屈曲,内外反,回旋を求めた.

2.3 Madwick フィルタを用いた方法

ここでは,Madwick フィルタを用いた単位ベクトル算出を行う.Madwick フィルタを用

いて単位ベクトル算出を行う場合,クォータニオンによる計算が必要となる.クォータニ

オンとは,3 次元空間内の軸と,その軸中心の回転を表す 4 次元数である[2].例えば,4 次元

数 q は a,x,y,z を実数,i,j,k を虚数単位として,q = a + x𝐢 + y𝐣 + z𝐤のように表される.3 次

元座標系Aと比較して任意の 3 次元座標系 B はArが定めた軸周りの回転で表される.クォ

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ータニオン𝐪𝐀𝐁の回転軸の単位ベクトルをAr,回転をθとすると式(2.3-1)が定義され,𝐫𝐱,

𝐫𝐲,𝐫𝐳がそれぞれ,Arの構成要素の x,y,z 軸方向の成分となる[5].これを図 4 に示す.

𝐪𝐀𝐁 = [q1 𝐪𝟐 𝐪𝟑 𝐪𝟒] = [cos (θ

2) −𝐫𝐱 sin (

θ

2) −𝐫𝐲 sin (

θ

2) −𝐫𝐳si n (

θ

2)] (2.3-1)

また,qBAは 3 次元座標系 B から 3 次元座標系Aに変形させたものであり,式(2.3-2)の

ように表せる.

𝐪𝐀𝐁 = 𝐪𝐁𝐀 = [q1 −𝐪𝟐 −𝐪𝟑 −𝐪𝟒] (2.3-2)

次に,3 つの 3 次元座標系 A,B,C おける関係は式(2.3-3)のように表せる.

𝐪𝐀𝐂 = 𝐪𝐁𝐂 ⊗ 𝐪𝐀𝐁 (2.3-3)

2 つのクォータニオン a,b はハミルトンの法則を用いて式(2.3-4)のように表せる.こ

のことから,a,b は入れ替えることが不可能であり,𝐚 ⊗ 𝐛 ≠ 𝐛 ⊗ 𝐚である事がわかる.

𝐚 ⊗ 𝐛 = [a1 𝐚𝟐 𝐚𝟑 𝐚𝟒] ⊗ [b1 𝐛𝟐 𝐛𝟑 𝐛𝟒]

= [

𝐚𝟏𝐛𝟏 − 𝐚𝟐𝐛𝟐 − 𝐚𝟑𝐛𝟑 − 𝐚𝟒𝐛𝟒

𝐚𝟏𝐛𝟐 + 𝐚𝟐𝐛𝟏 − 𝐚𝟑𝐛𝟒 − 𝐚𝟒𝐛𝟑

𝐚𝟏𝐛𝟑 − 𝐚𝟐𝐛𝟒 − 𝐚𝟑𝐛𝟏 − 𝐚𝟒𝐛𝟐

𝐚𝟏𝐛𝟒 + 𝐚𝟐𝐛𝟑 − 𝐚𝟑𝐛𝟐 − 𝐚𝟒𝐛𝟏

] (2.3-4)

クォータニオン𝐪𝐀𝐁によって表される回転行列𝐑𝐀𝐁は式(2.3-5)のように表すことができ

る.

RAB = [

2q12 − 1 + 2q2

2 2(q2q3 + q1q4) 2(q2q4 − q1q3)

2(q2q3 − q1q4) 2q12 − 1 + 2q3

2 2(q3q4 + q1q2)

2(q2q4 + q1q3) 2(q3q4 − q1q2) 2q12 − 1 + 2q4

2

] (2.3-5)

航空工学で用いられるオイラー角ψ,θ,ϕを用いて,3 次元座標系 A は 3 次元座標系 B

をzB軸周りにψ,yB軸周りにθ,xB軸周りにϕ回転させることで表せる.この𝐪𝐀𝐁から得られ

るオイラー角ψ,θ,ϕは次の式(2.3-6),(2.3-7),(2.3-8)で求めることがきる.

ψ = Atan2(2q2q3 − 2q1q4, 2q12 + 2q2

2 − 1) (2.3-6)

θ = − sin−1(2q2q4 + 2q1q3) (2.3-7)

ϕ = Atan2(2q3q4 − 2q1q2, 2q12 + 2q4

2 − 1) (2.3-8)

また,ドリフトによる誤差を軽減するために Madwick らの研究結果[5]を用い,フィルタ

を作成する.

関節角度を求めるためには,x,y,z 軸それぞれにおける単位ベクトルが必要となる.

そこで,式(2.3-6),(2.3-7),(2.3-8)で求められたオイラー角と x,y,z 軸それぞれの

回転行列を用いて単位ベクトルを求める.計算方法を式(2.3-9)で示す.

[1 0 00 1 00 0 1

] [1 0 00 cos ϕ −sin ϕ0 sin ϕ cos ϕ

] [cos θ 0 sin θ

0 1 0−sin θ 0 cos θ

] [cos ψ − sin ψ 0sin ψ cos ψ 0

0 0 1] (2.3-9)

式(2.3-9)で求められた単位行列を式(2.1-6),(2.1-7),(2.1-8)に用いて膝関節の屈曲,

内外反,回旋を求めた.

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3.実験方法

3.1 計測システム

本研究で用いる計測システムを図 5 に示す.本計測システムには,3 軸加速度センサ

(InvenSense,MPU-9250,測定範囲:±2[g]),3 軸ジャイロセンサ(InvenSense,MPU-9250,測定

範囲:±250[deg/sec]),3 軸地磁気センサ(旭化成エレクトロニクス,AK8963,測定範囲:

±4800[μT])が搭載された 9 軸センサモジュールを 2 つ用いており,3 軸の角速度,加速度,

磁場を計測可能である. 2 つのセンサは大腿と下腿に図 2 の様に装着する.各センサから

の情報を取得し,PC へ送信するために,AVR マイコン(Arduino,UNO)を使用している.

本計測システムの大きさは 121×53×50mm,重さ 78g であり,身体部位に直接取り付けるこ

とで,3 次元の角速度,加速度,磁場を計測することができる[2].2 章第 2 節,第 3 節で述

べた 2 つの推定方法を用い,実験を行う.2 章第 2 節で述べた方法では,対象セグメント

が動作しているかどうか判断するための値として,しきい値を 0.1[rad/s]とし,合成角速度

がしきい値を 0.1[s]以上越え続けた場合は動作中として計算を行う.

3.2 膝関節モデルとの比較

本研究で提案した方法の精度を示すために,ポテンショメータを搭載し,膝関節をモデ

ルとした実験装置から得られる角度と本方法を用いて推定した姿勢情報との比較を行った.

実験装置と計測システムの取り付け位置を図 6 に示す.本装置は,各軸周りに 3 個のポテ

ンショメータ(Supertech Electronic Co.Ltd,16K4)を搭載しており,3 自由度の関節角度計

測が可能である.このとき,ポテンショメータによる単位ベクトル算出を式(3.2-1)を用

いて行う.

[1 0 00 1 00 0 1

] [1 0 00 cos θ3 −sin θ3

0 sin θ3 cos θ3

] [cos θ2 0 sin θ2

0 1 0−sin θ2 0 cos θ2

] [cos θ1 − sin θ1 0sin θ1 cos θ1 0

0 0 1

] (3.2-1)

ただし,θ1,θ2,θ3はポテンショメータ 1,2,3 から得られた角度とする.

ポテンショメータは AVR マイコン(Arduino,UNO)を用いて PC と接続しており,計測

システムと同期してデータを取得することができる.計測開始後約 5 秒間静止した後に,

手動でロール,ピッチ,ヨー角のすべてが変化するように回転させ,計測システムとポテ

ンショメータからの情報を計測した.計測システムのサンプリング周期は 100Hz である[1].

3.3 立ち上がり動作での計測

椅子からの立ち上がり動作中の膝関節角度の推定を行った.足にマーカーを付け,ビデ

オ撮影をし,画像由来の角度と本計測システム由来の角度を比較した.実験装置の足への

取り付け位置を図 7 に示す.起立した状態から計測を開始し,開始後約 5 秒間静止した後

に起立,着席動作を 3 回行う.被験者は健常男子 1 名とし,動作の速さは指定せずに 1 回

の実験で起立,着席動作を 4 回行った.計 4 回の実験を行った.

3.4 歩行動作での計測

歩行動作中の膝関節角度の推定を行った.J. Favre らの歩行周期の計測結果[6]との比較を

行った.実験装置の足への取り付け位置は 3.3 と同様である.被験者は健常男子 1 名と

し,通常歩行になるように「普段どおりに歩いて下さい」との指示をした.計測開始後約

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5 秒間静止した後に 10 秒間歩行を行い,計 4 回の実験を行った.

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4.実験結果と考察

4.1 膝関節モデルとの比較結果

膝関節モデルとの比較結果を図 8 に示す.2.2 章で述べた静止時にドリフト誤差を補正す

る測定方法では,屈曲での最大誤差 56.50°,平均誤差 13.64°,内外反での最大誤差 48.30°,

平均誤差 17.23°,回旋での最大誤差 141.2°,平均誤差 82.49°であり,現用の動作測定装置と

比較すると精度が悪かった.このとき,回旋角度の誤差が最も大きかった.回旋角度は地

磁気センサの値を主として推定している.地磁気センサは磁性体の影響を受けやすく,様々

な外的要因によって測定値が常に変動していることが推察され,測定精度の低下の原因で

あることが考えられる.また,屈曲角度が 90°に近づくにつれて,内外反の角度推定に用い

る地磁気の割合が大きくなる.このことから,屈曲角度が 90°付近の場合の内外反角度の精

度が低下する原因は地磁気センサへの外的要因であることが考えられる.

2.3 章で述べた Madwick フィルタを用いる方法では,屈曲での最大誤差 37.22°,平均誤

差 12.19°,内外反での最大誤差 16.81°,平均誤差 8.013°,回旋での最大誤差 58.57°,平均誤

差 20.08°であり,現用の動作測定装置と比較すると精度が悪かった.これは,初期姿勢の

算出に角速度を用いており,初期姿勢の誤差が角度算出時の誤差につながったと推測でき

る.また,地磁気への外的要因によって,フィルタの補正値に誤差が生じたことが推察さ

れ,測定精度の低下の原因であることが考えられる.

地磁気センサの測定値の検証実験として,静止時の地磁気センサの値を測定した.大腿,

下腿の各センサから算出された地磁気の方向を図 9 に示す.本来,同一方向を向いている

はずの地磁気であるが,大腿,下腿のセンサから得られた方向には約 20°の差があり,これ

が回旋角度の誤差に繋がっていると考えられる.

4.2 立ち上がり動作での計測結果

立ち上がり動作での画像由来とセンサ由来の測定結果の比較結果を図 10 に示す.この

時,画像由来の角度は起立時,着席時の屈曲角のみ測定した.

2.2 章で述べた静止時にドリフト誤差を補正する測定方法では,屈曲角度は精度よく測定

できていることがわかる.また,回旋角度が常に-30°付近を示している.これは,4.1 章で

述べた地磁気の外的要因による変化が原因だと考えられる.

2.3 章で述べた Madwick フィルタを用いる方法では,起立時の屈曲角度が徐々に減少し

ている.これは,地磁気への外的要因によって,フィルタの補正値に誤差が生じたことが

考えられる.また,どちらの方法でも,動作中に筋肉が収縮した影響でセンサがずれ,骨

軸とセンサ軸がずれてしまうことが原因だと考えられる.

4.3 歩行動作での計測結果

歩行動作での測定結果を図 11 に示す.

2.2 章で述べた,静止時にドリフト誤差を補正する測定方法では,計測開始直後は屈曲に

は二峰性が見られたが,計測開始 4 秒以降では,周期的な値とならなかった.また,大き

く角度が変化することのない内外反角度,回旋角度が大きく変化していた.J. Favre らの歩

行周期の計測結果[6]と比較すると,屈曲において計測開始直後は同様の歩行周期がみられ

たが,計測開始 4 秒以降では同様の周期は得られなかった.これは,歩行時にはセンサの

動作時間が長く,角速度を用いた姿勢算出が続いたため,ドリフト誤差が補正されず,精

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度が低下したことが考えられる.

2.3 章で述べた Madwick フィルタを用いる方法では,すべての測定値において周期的な

値の変化がみられたが,内外反角度,回旋角度が大きく変化していた.J. Favre らの歩行周

期の計測結果[6]と比較すると,同様の波形がみられたが,ゼロ点がシフトしている.これ

は,地磁気への外的要因によって,フィルタの補正値に誤差が生じ,実際のドリフト誤差

の値と異なる値を計算していたことが考えられる.また,4.1 章,4.2 章と比べ,どちらの

方法でも屈曲角度が短い時間で大きく変化しており,角速度センサの測定可能範囲を超え

ていたことが考えられる.更に,動作中に筋肉が収縮した影響でセンサがずれ,骨軸とセ

ンサ軸がずれてしまうことが原因だと考えられる.

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5.結論

本研究では慣性センサを用いた動作測定装置の製作にあたり,加速度,地磁気,角速度

の値を用いたベクトル計算法の構築,角速度のドリフト誤差の補正方法の提案と,補正方

法を実行するプログラムの構築を行い,ポテンショメータとの比較,起立着席動作と歩行

動作の測定を行った.

得られた実験結果は,先行された実験の結果と比較すると差異が見られた.原因として

は,地磁気の外的要因による変化,角速度センサの測定範囲を超えた角速度の変化があっ

たこと,更に,センサの固定方法が原因と推察される.

今後の課題は,地磁気の外的要因による変化に対応できるセンサフュージョンの構築,

筋肉の収縮による影響が少なく動作中のずれが少ないセンサの固定方法の確立である.

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参考文献

[1] 近藤 亜希子,土岐 仁,廣瀬 圭,慣性センサを用いた身体運動計測における 3 次元

姿勢推定法に関する研究,日本機械学会論文集(C 編)79 巻 803 号,(2013)

[2] 廣瀬 圭,土岐 仁,近藤 亜希子,慣性センサ・地磁気センサを用いたスポーツにお

ける姿勢計測に関する研究,スポーツ産業学研究,Vol.22,No.2(2012)

[3] E.S.Grood,W.J.Suntay, A Joint Coordinate System for the Clinical Description of Three-

Dimensional Motions:Application to the Knee ,Transactions of the ASME,Vol.105,pp.136-144,MAY

(1983)

[4] 平岡 匠一,慣性・地磁気センサを用いた動作解析装置の製作,大分大学修士論文(2016)

[5] Sebastian O.H.Madgwick,An efficient orientation filter for inertial and inertial/magnetic sensor

arrays(2010)

[6] J. Favre ほか,A new ambulatory system for comparative evaluation of the three-dimensional

knee kinematics, applied to anterior cruciate ligament injuries,Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc

(2006)

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図 1 大腿,脛骨のローカル座標系

図 2 大腿骨と脛骨の相対関係

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図 3 重力加速度と地磁気の基準軸ベクトル

図 4 3 次元座標系A,Bの関係

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図 5 計測システム

図 6.1 ポテンショメータを用いた膝関節モデル

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図 6.2 センサの膝関節モデルへの装着図

図 7 センサの足への装着図

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図 8.1 屈曲角度の膝関節モデルとの比較

図 8.2 内外反角度の膝関節モデルとの比較

-20

0

20

40

60

80

100

120

0 2 4 6 8 10

屈曲角度

[deg

]

時間[s]

静止時にド

リフト誤差

を補正

Madwick

フィルタ

ポテンショ

メータ

-60

-40

-20

0

20

40

60

0 2 4 6 8 10

屈曲角度

[deg

]

時間[s]

静止時にド

リフト誤差

を補正

Madwick

フィルタ

ポテンショ

メータ

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図 8.3 回旋角度の膝関節モデルとの比較

図 9 各センサから得られた地磁気方向

-100

-80

-60

-40

-20

0

20

40

60

80

100

0 2 4 6 8 10

屈曲角度

[deg

]

時間[s]

静止時にド

リフト誤差

を補正

Madwick

フィルタ

ポテンショ

メータ

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図 10.1 静止時にドリフト誤差を補正する方法との比較

図 10.2 Madwick フィルタを用いた方法との比較

-60

-40

-20

0

20

40

60

80

100

120

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

膝関節角度

[deg

]

時間[s]

屈曲

内外反

回旋

画像由来の屈

-40

-20

0

20

40

60

80

100

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

膝関節角度

[deg

]

時間[s]

屈曲

内外反

回旋

画像由来の

屈曲

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図 11.1 静止時にドリフト誤差を補正する方法での歩行計測

図 11.2 Madwick フィルタを用いた方法での歩行計測

-150

-100

-50

0

50

100

150

0 2 4 6 8 10

関節角度

[deg

]

時間[s]

屈曲

内外反

回旋

-60

-40

-20

0

20

40

60

80

100

0 2 4 6 8 10

関節角度

[deg

]

時間[s]

屈曲

内外反

回旋