高知県における空間放射線量率等調査 ―第2報 平成26~29年度―
TRANSCRIPT
Ⅰ はじめに
当所では1986年に発生したチェルノブイリ原子力発電所事故を契機に1997年から約7年間をかけ、県下全域566地点の空間放射線量率及び459試料の土壌中の放射性物質濃度の調査を実施し、報告している1)。しかし、福島原発事故による本県への影響は調査されてい
なかったため、平成26~29年度に前回調査地点の約7割に及ぶ同地点で、線量率及び土壌中の放射性物質濃度の測定を実施した。 また平成28年 8月より伊方原発が再稼働したが、ここで重大な事故が発生した際には特に県西部地域(一部伊方原発から50km圏内に含まれる)に影響が及ぶことが想定されたため、平成28~29年度は空間や土壌
高知県における空間放射線量率等調査― 第 2 報 平成26~29年度 ―
林 奈保・吉井 沙織・西山 佳央里・德橋 慎介*1)・植村 多恵子影山 温子・平松 佐穂*2)・古田 和美*3)・荒尾 真砂・川崎 敏久
StudyofAirRadiationDoseRatesEtc. inKochiPrefecture
NahoHAYASHI, SaoriYOSHII, KaoriNISHIYAMAShinsukeTOKUHASHI* 1), TaekoUEMURA, AtsukoKAGEYAMA
SahoHIRAMATSU* 2), KazumiFURUTA* 3), MasaARAOandToshihisaKAWASAKI
【要旨】 福島第1 原子力発電所事故(以下「福島原発事故」と略記)後の環境放射能レベルを把握することを目的として、平成26~29年度の4 年間で高知県下全域における398地点の空間放射線量率の測定、また231地点の深さ0 ~5 cmの土壌試料及び226地点の地表面の土壌試料の放射性物質濃度の測定を実施した。 その結果、線量率は10. 0~168. 0nGy/h(平均値54. 3±16. 1nGy/h)の範囲であり、その最小値は高知市、最大値は土佐清水市であった。 また、ゲルマニウム半導体検出器を用いて測定した土壌の放射性物質濃度から算出した線量率の合計とNaIシンチレーションサーベイメータの線量率には相関が認められたことから、主に土壌中の自然放射性物質が線量率に影響を及ぼしていると考えられた。 土壌試料より134Csが検出されたことから、福島原発事故による影響を推測したところ、土壌中の放射性セシウム(134Cs、137Cs)による線量率への寄与率は最大で0. 36%であり、同地点での事故当時における線量率の変動は0. 31nGy/hのみの増加となり、影響は低いと考えられた。 平成28~29年度は新たに、伊方原子力発電所(以下「伊方原発」と略記)に近接した県西部地域の放射能レベルを把握することを目的として、飲料水、農産物及び水産物の飲食物についても調査を実施し、その放射性物質濃度は食品中の放射性物質の基準値を下回っていることが確認された。
keywords:空間放射線量率、地質、ウラニウム系列核種、トリウム系列核種、カリウム-40、セシウム-134、セシウム-137Air radiation dose rate, geology, Uranium series, Thorium series, Potassium-40, Cesium-134, Cesium-137
高 知 衛 研 報 Rep. Pub. Hlth. kochi, 64, 31-35, 2018
* 1)健康対策課 *2)医事薬務課 *3)環境研究センター
Rep. Pub. Hlth. kochi, 64, 201832
の調査に加え、県西部地域の飲料水、農産物及び水産物の飲食物についても調査を実施した。 平成27年3月までの結果はすでに報告したが2)、平成29年3月までに全県的な調査を終えたので、それらの結果を取りまとめて報告する。
Ⅱ 調査方法
1.高知県の地質概要 高知県の地質は北から三波川帯、秩父帯及び四万十帯に区分され東西に帯状に分布する。また、主に海岸部を中心に沖積層が分布する。 高知県の地質分布を図1に示した。
2.空間・土壌測定地点 空間放射線量率調査398地点、土壌0~5 cm中の放射性物質調査231地点、土壌表面中の放射性物質調査226地点の調査を実施した。
3.空間・土壌試料の調製及び測定方法1 空間放射線量率 NaI(Tl)シンチレーションサーベイメータ(アロカTCS-171, TCS-171B)を用い、検出器を地上1 mで水平に固定し、30秒間隔で5回測定し、その平均値から求めた。 測定は降水の影響を考慮し、晴れまたは曇りの日に行った。⑵ 土壌の放射性物質濃度 空間放射線量率測定地点周辺の地表面と地表から深さ0~5 cmの土壌をそれぞれ採取した。 表面土壌では、面積50cm2の正方形の範囲で2箇所を選定し、草けづりで採取した。採取後、電気炉450℃で4時間程度焼き、2 mmの篩を通して乾燥細土とし、U- 8 容器(内径約5 cm、高さ約9 cm)に詰め測定試料とした。 深さ0~5 cm土壌では、4箇所を選定し、土壌採取器(内径5. 2cm)で採取した。その後風乾し、2 mmの篩を通して乾燥細土とし、地表面同様にU- 8 容器に詰めた後、アクリル板と接着剤を用いて密封し測定試料とした。 測定は、ゲルマニウム半導体検出器(株式会社SEIKOEG&G社製GEM15-70-S及びGEM30-70)を用い、測定時間86, 400秒(24時間)以上とした。
4.自然放射性物質濃度から線量率への換算 自然放射性物質濃度から線量率への換算は、無限平面で自然放射性物質(ウラン系列核種、トリウム系列核種、40K)は均一に分布し、ウラン系列核種、トリウム系列核種は放射平衡にあると仮定し、ICRUReport53の換算係数3)を用いて行った。なお、この換算係数は本来湿土で使用するものであるが、土壌水分量の影響を無視するために、今回は乾土で使用した。これにより、土壌水分によるγ線の遮へいの影響を受けない、測定地点における最大の線量率を評価した。
ウラン系列核種の算出線量率(nGy/h)=214Bi濃度(Bq/kg乾土)×0. 462
トリウム系列核種の算出線量率(nGy/h)=228Ac濃度(Bq/kg乾土)×0. 604
40Kの算出線量率(nGy/h)= 40K濃度(Bq/kg乾土)×0. 0417
5.放射性セシウム濃度から線量率への換算 土壌中の放射性セシウムによる線量率への影響を見るため、初めに、以下の計算式で沈着量を求めた。
沈着量(Bq/m2)=濃度(Bq/kg乾土)×乾土全重量(kg)÷採取面積(m2)
次に、ICRUReport53の線量率換算係数(μGy/hperkBq/m2)(β=0. 0)を用いて、沈着量から放射性セシウムの線量率を求めた。
線量率(nGy/h)=沈着量(Bq/m2)×線量率換算係数(μGy/hperkBq/m2)
6.飲食物の測定対象物質 県西部地域の飲料水、農産物及び水産物の飲食物について以下のものを測定対象とした。1 飲料水 平成28年8月に策定された高知県原子力災害避難等実施計画4)に基づき、簡易水道4地点(六丁、地吉、下方、山北)の源水とした。⑵ 農産物 摂取量の多いとされる精白米、また国の委託業務である環境放射能水準調査で測定対象としている大根とした。⑶ 水産物 養殖魚として生産量の多いブリとした。
高 知 衛 研 報 64,2018 33
7.飲食物試料の調製及び測定方法 飲料水及び精白米は、そのまま2 Lマリネリ容器に詰め測定試料とした。 大根は、根部を水洗いした後、皮を剥き、包丁で約1 cm角に切ったもの4 kgを乾燥後灰化し、U- 8 容器(内径約5 cm、高さ約9 cm)に詰め測定試料とした。 ブリは、包丁でさばいて筋肉部位を得、柵状に切ったもの4 kgを灰化し、U- 8 容器に詰め測定試料とした。 測定は、ゲルマニウム半導体検出器(株式会社SEIKOEG&G社製GEM15-70-S及びGEM30-70)を用い、測定時間86, 400秒(24時間)以上とした。
Ⅲ 結果及び考察
1.空間放射線量率 サーベイメータによる線量率は表1に示すとおり、10. 0~168. 0nGy/hの範囲にあり、算術平均は54. 3±16. 1(S. D. )nGy/hを示した。
表1 398地点で調査した空間放射線量率
398 (nGy/h) 10.0 – 168.0
(nGy/h) 54.3 16.1 1.0 6.6
本県の線量率の分布を、各地域ごとの平均値として図1に示す。
図1 高知県の地域別空間放射線量率(nGy/h)
30nGy/h未満の15地点は三波川帯や秩父帯のうち主に超塩基性岩の分布する地域等で観測され、高知市一
宮逢坂峠の蛇紋岩地域で最も低い線量率10. 0nGy/hを示した。 80nGy/h以上の17地点は主に四万十帯の花崗岩類やチャート等の分布する地域で観測され、100nGy/hを超える3地点では、花崗岩類と閃長岩の分布が認められた。最も高い線量率は土佐清水市足摺岬の閃長岩地域で168. 0nGy/hを示した。 30~80nGy/hは低及び高線量率地域を除く県下全域で観測され、本県の平均線量率は54. 3nGy/hであった。
2.土壌(深さ0 ~5 ㎝)中の自然放射性物質濃度 深さ0~5 cm土壌231試料中の自然放射性物質濃度と、その値から算出した線量率を表2に示した。 土壌中の自然放射性物質濃度については、214BiはN. D.~95. 1Bq/kg乾 土( 平 均23. 2±11. 4Bq/kg乾土 )、228Acは3. 4~224Bq/kg乾土(平 均42. 1±21. 1Bq/kg乾土)及び40Kは17. 0~1270Bq/kg乾土(平均569±223Bq/kg乾土)であった。 また、214Bi、228Ac及び40Kの濃度から算出された線量率(以後「算出線量率」と言う。)の平均値は各10. 7±5. 3nGy/h、25. 4±12. 7nGy/h、23. 7±9. 3nGy/hで、線量率への寄与はウラン系列核種:トリウム系列核種:40K=1:2 :2の割合を示した。
表2 土壌(深さ0~5㎝)231試料中の放射性 物質濃度と算出線量率
核種 検出試料数 範 囲 平均±標準偏差
濃度(Bq/kg乾土)
214Bi 224 N. D※-95. 1 23. 2±11. 4228Ac 231 3. 4-224 42. 1±21. 1
40K 231 17. 0-1270 569±223
算出線量率(nGy/h)
U* 224 N. D-43. 9 10. 7± 5. 3Th** 231 2. 1-135 25. 4±12. 7
40K 231 0. 7-53. 0 23. 7± 9. 3Total 231 4. 3-217 59. 5±23. 9
算出合計線量率(%)
U* 224 3. 6-35. 6 17. 3± 5. 6Th** 231 20. 1-64. 2 42. 2± 6. 8
40K 231 4. 8-61. 3 40. 5± 8. 6空間放射線量率
*** 231 10. 0-168 55. 4±16. 4
(nGy/h)*:ウラン系列 **:トリウム系列 ***:空間放射線量率は、同じ場所でサーベイメータを用いて得られた。
※検出限界値未満を「N. D」と表記する。
214Bi、228Ac及び40Kの算出線量率の合計(以後「算出合計線量率」と言う。)とサーベイメータの線量率の間には相関(r=0. 784)が認められ、各平均値は59. 5±23. 9nGy/h及び55. 4±16. 4nGy/hで近似値が得られた(図2)。 このことから線量率には、主に土壌中の自然放射性
Rep. Pub. Hlth. kochi, 64, 201834
核種からの線量が影響していることが考えられた。
図2 サーベイメータを使用して得られた空間放射線量率と、同じ場所での231土壌中の214Bi、228Ac及び40Kから算出された線量率の関係
3.土壌中の放射性セシウム濃度 土壌中の放射性セシウム濃度を表3に示した。 深さ0~5 cm土壌からは、231試料中8試料で134Csが、210試料から137Csが検出され、その濃度はそれぞれN. D~15. 0Bq/kg乾土(平均2. 9±4. 9Bq/kg乾土)、N. D~83. 8Bq/kg乾土(平均12. 3±13. 9Bq/kg乾土)であった。 また、土壌表面試料中からは、226試料中38試料で134Csが、204試料から137Csが検出され、その濃度はそれぞれN. D~9. 0Bq/kg乾土(平均2. 1±1. 7Bq/kg乾土)、N. D~94. 6Bq/kg乾土(平均13. 8±16. 5Bq/kg乾土)であった。 134Csは半減期が約2. 1年であるため、これが検出されるということは高知県でも福島原発事故の影響があったことが推測される。
表3 土壌中の放射性セシウム濃度
核種 検出試料数
範 囲(Bq/kg乾土)
平均±標準偏差(Bq/kg乾土)
深さ 0~ 5 cm濃度
134Cs 8 N. D-15. 0 2. 9± 4. 9137Cs 210 N. D-83. 8 12. 3±13. 9
表面濃度134Cs 38 N. D- 9. 0 2. 1± 1. 7137Cs 204 N. D-94. 6 13. 8±16. 5
4.福島原発事故の推定影響量の算出 福島原発事故の影響を評価するために、現在でも土壌中から検出されている長半減期核種の放射性セシウムの放射能濃度を用いて、その影響量を推測していくこととした。 なお、土壌に沈着した放射性セシウムは、時間の経過とともに土壌中に浸透していくことが考えられるが、福島原発事故後まだ地表面にその大部分が残留し
ていることが報告されており(松田・斎藤, 2016)5)、地表面試料採取により放射性セシウムが十分回収出来ていると仮定して以下の計算を行った。 初めに、134Csが検出された地表面の土壌38試料のデータを使用し、放射性セシウムの沈着量を求め、その沈着量から線量率を求めた。 求めた線量率が、サーベイメータで測定した線量率にどの程度影響を及ぼしているかを示す寄与率を計算した結果、その最大値は0. 36%であった。 また同地点においての線量率を、福島原発より放射性物質の放出のあったとされる平成23年3月15日に減衰補正し、事故当時の影響量を求めたところ、放射性セシウムにより影響を受けたことで、平常時の線量率より0. 31nGy/h高くなったと推測された。 以上の結果より、福島原発事故後に134Csが土壌試料から検出されたことから、福島原発事故由来の放射性物質が当県へも降下したと考えられたが、その影響は極めて小さなものであったと推定された。
5.飲食物中の放射性セシウム濃度 各飲食物中の放射性セシウム濃度を表4に示した。 食品中の放射性物質については、厚生労働省が放射性セシウムの基準値を設定し、安全な食品が流通するように検査しているが、今回当所で測定したすべての飲食物試料において飲料水10Bq/kg、一般食品100Bq/kgの基準値を十分下回る結果となった。
表4 飲食物中の放射性セシウム濃度
試料数 134Cs(Bq/kg) 137Cs(Bq/kg)
飲料水 8 定量下限値※未満 定量下限値未満
精白米 12 定量下限値未満 定量下限値未満
大根 6 定量下限値未満 定量下限値未満
ブリ 2 定量下限値未満 定量下限値未満
※基準値の1/10を定量下限値とした。
Ⅳ ま と め
県下全域の空間放射線量率を測定した結果、平均値54. 3nGy/hであり、高知市で最小値10. 0nGy/h、土佐清水市で最大値168. 0nGy/hであった。 土壌試料からは134Csが検出され福島原発事故の影響が本県にもあったと考えられたが、その沈着量はとても低く、影響は極めて小さいものであったと推定された。
高 知 衛 研 報 64,2018 35
飲食物中の放射性物質調査については、すべての調査試料で食品中の放射性物質の基準値を下回っていることが確認できた。
文 献
1 )近澤絋史ら(2004):高知県の地表ガンマ線量率, 高知県衛研報,50,59-64
2 )林奈保ら(2016):高知県における空間放射線量
率調査,高知県衛研報,62,29-373 )ICRU(1994):Gamma-RaySpectrometryintheEnvironment, ICRURepot53, 44
4 )高知県危機管理・防災課(2016):高知県原子力災害避難等実施計画,19
5 )松田規宏・斎藤公明(2016):平成27年度放射性物質測定調査委託費(東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の分布データの集約)事業成果報告書土壌中の放射性セシウムの深度分布調査